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紫煙の行方

作 : 揚巻


(♂1:♀1)

恭子♀:
徹♂:

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<声劇メモ>
・使用前に一度更新(F5)お願いします。
・会話劇ですので、間は自由にとってください。
・アドリブも大丈夫ですが、演者同士意思の疎通がとれる範囲でお願いします。
・言い回しや語尾は変えて頂いて大丈夫です。

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【恭子、喪服姿で煙草を吸っている。
 左手は包帯を巻き三角巾で固定している】

 

恭子「…(深く、煙を吐く)」

 

【消えかけの煙草を消し、新しい煙草を咥えたところに徹がやってくる】

 

徹「あと20分だって」

恭子「そう」

徹「収骨の準備ができたら、係の人が呼びにくるってさ」

恭子「ん」

徹「あ、火…」

 

【徹、恭子の煙草に火をつけてやる】

 

恭子「ありがと」

 

【徹、恭子の隣で煙草に火をつける。深呼吸するように煙を吐く】

 

徹「なんかあっという間だったな…」

恭子「そうね」

徹「仮通夜、通夜、告別式、そして今は火葬場…」

恭子「セックスみたいなものね」

徹「は?」

恭子「告別式が絶頂、火葬場はクールダウン」

徹「おい、不謹慎だぞ」

恭子「でも見てみなさいよ、他のとこの家族もみんな、穏やかな顔してる。
   ずっと張りつめていた緊張感が解けて、一息ついたような、放心してるような…」

徹「確かにそうだけど、たとえが悪い」

恭子「いけなかった?」

徹「じゃあ何か?今の俺たちが話してるのはピロートークか?」

恭子「徹も言うじゃないの」

徹「冗談だよ。あーあ、俺はすぐ乗せられる」

恭子「影響されやすいのね、徹は」

徹「素直なの、俺は」

恭子「そうね」

 

【徹、遠くに目をやる。煙突から上る黒煙をぼんやりと見つめている】

 

徹「恭一、死んだんだな…」

恭子「ええ」

徹「何度も見舞いに行ったけど、こうなるとは、思ってなかったな」

恭子「そうね」

徹「なんかさ、通夜とか葬式とかで恭一の顔散々見て、
  死んだっていうの嫌ってほどわかってたつもりだけど、
  今、火葬場で煙見てると改めて実感するっていうか…」

恭子「触れられなくなったからよ」

徹「(煙を吐く)」

恭子「死体でもね、まだそこに存在している間は「そこにいる」のよ。
   あの例えようのない冷たさも、いくら呼びかけても目覚めない寂しさも
   全部ひっくるめてまだ「そこにいる」」

徹「ああ」

恭子「だけど、焼かれてこんな風になっちゃうとさ、「そこにいた」ものになる。
   一気に思い出になるの。私たちがいるのはちょうどそこ。恭一が思い出になる瞬間にいるの」

徹「なるほど、クールダウンか…」

恭子「気に入った?それ」

徹「かもな。そうそう使いたくないが」

恭子「嫌でも増えていくわよ、歳をとればね」

徹「結婚ラッシュがようやく終わったばかりだぜ、勘弁してくれよ」

恭子「ふふふ」

徹「お前、結婚しないの?」

恭子「しないかな」

徹「なんで。話がないわけじゃないんだろ」

恭子「…もうひとつだから」

徹「は?」

恭子「…いいのよ、ところで2人目は何月だっけ」

徹「12月」

恭子「男の子?女の子?」

徹「男。女の子が欲しかったな」

恭子「奥さんは元気?」

徹「ああ、お前がいい先生紹介してくれたって喜んでるよ」

恭子「良かった。3人目は女の子になりますように」

徹「気が早いな」

恭子「あら、いいじゃない。家族が増えるのはいいことだわ」

徹「3人ねえ…」

恭子「ま、頑張って」

徹「恭一の奥さん、これからどうするんだろ」

恭子「…知らないの?」

徹「え?何?」

 

【恭子、煙草を消して新しい煙草を咥える】

 

徹「ほら」

 

【徹が火をつける】

 

恭子「…ありがと。利き手使えないと不便ねえ」

徹「どうしたんだよ、その手」

恭子「ん?」

徹「通夜の時聞いたら「ああちょっとね」ってしか言わなかったろ」

恭子「愛ゆえに」

徹「はあ?」

恭子「怪我しただけよ」

徹「お前まさか…」

恭子「なに?」

徹「思い詰めて…それで」

恭子「ないない」

 

【恭子、左手を動かし手首を見せる】

 

恭子「ほら、手首、切ったりしてないでしょ。馬鹿馬鹿しい」

徹「骨折かなんかか?」

恭子「私、骨折しないのよね。骨密度高いから」

徹「そういうもんなのか?」

恭子「そういうもんよ」

徹「にしてもさ、気をつけろよ」

恭子「はいはい」

徹「それじゃしばらく仕事できないんじゃないのか」

恭子「仕事ね…」

徹「医者が怪我してたんじゃ笑われるぜ」

恭子「これを機に辞めるのもありかもね」

徹「簡単に言うなよ、あんなデカい病院辞めるとかさ」

恭子「そうね」

 

【二人、しばらく黙って煙草を吸っている】

 

徹「ところで、さっきの話なんだけどさ」

恭子「どれ?」

徹「恭一の奥さん」

恭子「ああ」

徹「なんか知ってんの?」

恭子「これからどうするかでしょ」

徹「うん」

恭子「出て行くわよ」

徹「え?」

恭子「元々、おじさんとおばさんは反対だったし」

徹「そうなのか?」

恭子「だから式もあげてないでしょ」

徹「だからか…」

恭子「子供…、あの子ができたから結婚したの」

徹「子供が先か」

恭子「そう」

徹「あの子、おじさんたちが引き取るのかな」

恭子「さあ、そこまでは知らないけど、子供は親元にいた方が幸せでしょ」

徹「うん、そうだな」

恭子「(煙を吐く)」

徹「そうか…」

恭子「…恭一は楔(くさび)ね」

徹「くさび?」

恭子「楔には2つの役割があるの。一つは、物と物とが離れないように繋ぐこと。
   恭一という存在が、奥さんや子供、おじさんやおばさん、徹や私を繋いでた。
   その楔がなくなれば、繋がっていたものはたやすく離れる…」

徹「恭一に限らず、人が死ねば、そんなこともあるだろ」

恭子「そうね」

徹「だけど、俺とお前が切れることはないな」

恭子「腐れ縁だから?」

徹「ああ。ガキの頃から一緒だったんだぜ。お前はともかく、俺がお前を見限ることはない」

恭子「…」

徹「…で、もうひとつの役割は?」

恭子「(煙を吐く)試してみる?」

徹「は?」

恭子「…」

徹「なんだよ、試すって」

 

【恭子、煙草を消して新しい煙草を咥える】

【徹、恭子をじっと見ている】

 

恭子「火、貰える?」

 

【徹、恭子を窺うように火をつける】

 

恭子「この数日…」

徹「ああ」

恭子「私たち、通夜でも告別式でも優遇されてたと思わない?」

徹「優遇?」

恭子「普通は親族しか入れない控室に入れたり、式の時の席順とか、
   棺に故人の思い出の品を入れたりなんかも、本来は親族だけでしょ」

徹「それは、俺たちが幼馴染だったからだろ」

恭子「それだけじゃないの」

徹「…なんだよ」

恭子「(煙を吐く)」

徹「…」

恭子「恭一と結婚するのはね、私のはずだったの」

徹「え?」

恭子「公認だったのよね、私たち」

徹「…」

恭子「だから私は、おじさんとおばさんに好かれてる」

徹「…知らなかった」

恭子「恭一は結婚に乗り気かどうかはわからなかったけど」

徹「…」

恭子「私のはずだったの」

徹「その…」

恭子「なに?」

徹「お前、今でも恭一のこと…」

恭子「ええ」

徹「じゃあ、その、辛いよな」

恭子「なにが?」

徹「恭一が死んで…」

恭子「全然」

徹「…だって、恭一のことずっと想ってたんだろ」

恭子「そうよ。だけど、私と恭一が離れ離れになることはない」

徹「…」

恭子「これで繋いだから」

 

【恭子、包帯の巻かれた左手を挙げる】

【徹、怪訝な顔をする】

 

恭子「恭一の棺にはね、私の薬指が入ってるの」

徹「…は?」

恭子「恭一が死んだ夜にね、やったの」

徹「やめろよ、そういう冗談」

恭子「…」

徹「…指を切り落とすなんてできるわけない」

恭子「…私、医者よ」

 

【恭子、徹に笑いかける】

 

恭子「…見る?」

徹「……!」

 

【徹、その笑みに思わず体をずらす】

 

恭子「恭一と一緒に焼かれてるの、今、私」

徹「…おい」

恭子「骨密度が高いって話、したでしょ?私の骨は確実に残るわ。
   これからも、ずっと一緒…」

徹「…」

 

【恭子、煙草の煙を遠くに吐く。煙突に吹きかける様に】

 

恭子「…こんなピロートーク、信じる?徹?」

徹「…恭子」

 

【火葬場の係員が遠くから声をかける】

 

徹「…!あっ、は、はい、すぐ行きます…!」

恭子「終わったみたいね」

 

【恭子、煙草を消して歩き出す】

 

徹「恭子」

 

【恭子、立ち止まる】

 

徹「冗談、だよな…?」

 

【恭子、徹を振り向くことなく】

 

恭子「行きましょ」

恭子「ひとつ残らず、拾わなくちゃ」
 

 


 

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