先生、時間です(男女逆転版)
作 : 揚巻
(♂1 : ♀1 )
♂作家 :
♀アシ :
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<声劇メモ>
・使用前に一度更新(F5)お願いします。
・会話劇ですので、間は自由にとってください。
・アドリブも大丈夫ですが、演者同士意思の疎通がとれる範囲でお願いします。
・言い回しや語尾は変えて頂いて大丈夫です。
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【真っ暗な中で、作家のうめき声が聞こえている】
作家:…書きたくない……書けない……、もう…いいか……このまま…
【間】
アシ:…先生?
作家:…君は…誰だ?
【間】
【真っ暗な部屋が明るくなる。物が散乱した部屋の真ん中にデスクがひとつ。周囲には本棚】
【部屋のドアが開き、アシスタントが盆に茶を載せて入ってくる】
アシ:しつれいします。…先生?
【アシスタント、周囲をキョロキョロしている】
【アシスタント、床に散乱したものを避ける様に歩き回り、デスクの前で立ち止まる】
【アシスタント、呆れたように】
アシ:先生…またデスクの下に…
【アシスタント、険しい声で】
アシ:未曾有門(みぞうもん)先生!
作家:わあああああああ!
【作家、慌てて出てくる】
作家:…あ
アシ:はい、お茶です
作家:…
アシ:どうしました?
作家:君は誰だ!
アシ:(溜息)…どうもハジメマシテ、アシスタントの田口岳子(たかこ)こと、
ガッチャンです。ドウゾヨロシクオネガイシマス
作家:ガッチャンはぁ、誰のアシスタントしてるのお?
アシ:未曾有門(みぞうもん)先生です
作家:えー!やだすっごーい!!かの有名なベストセラー作家、
【未曾有門伊周(みぞうもん これちか)】のアシスタントしてるの~!?
ガッチャンいけてるう!ひゅーひゅーひゅーひゅー!!
アシ:気持ち悪いし、表現が古いです
作家:言葉に古いも新しいもない!ちゃんちゃらおかしいわ!
アシ:死語ですからね
作家:はあ?死語?くそっくらえだ!
アシ:“とりあえず”作家なんですから、綺麗な言葉を使いましょうね。
…あと毎回このくだりやるのやめましょう。今日はこれで3回目です
作家:新鮮でいいじゃん
アシ:先生の現実逃避に付き合わされるこっちの身にもなってください…
…ところで先生、原稿書けましたか
作家:ぎゃーーー!
アシ:まさかまだ書けてないんですか?
作家:だめだ!私を追い詰めるな!
アシ:どうするんですか、もうすぐ編集の榊(さかき)さん来ますよ
【作家、きりっとアシを見つめる】
作家:窓から逃げる
アシ:ここ5階です
作家:止めるなガッチャン!
アシ:止めませんけど
作家:なんで止めないの!?
アシ:どっちなんですか…
作家:普通そういう時は止めるもんなの!追い詰められた作家は、時に何をするかわからない!
それを未然に防ぐのがアシスタントの仕事なんだ!いいか!?今後気を付ける様に!
アシ:モウシワケアリマセンデシタ
作家:わかればよい。…では私は、パズストのスタミナ消化を…
アシ:…うまいことすり替えたと思ってるかもしれませんが、もうすぐ榊さんがきます
作家:うわああああああああああ!
アシ:…昨日榊さんが言ってたの、覚えてますよね?
作家:わかってる!おぼえてる!
アシ:『明日が最後です』
作家:あああああああああああああああ!
アシ:ていうか、本当にやばいですって。今日書けなかったら次号落ちますよ
作家:そんなこと言ったって何にも浮かばない!
アシ:今回は特集号ですから、テーマあるでしょう。確か…『二人の世界』でしたっけ?
全くのゼロじゃないんですから
作家:だから余計書けないんだ!
アシ:…(考える)…書けそうですけど
作家:2人だよ!たった2人!…ガッチャン、君は毎月、私の作品を読んでるだろう
アシ:はい、仕方なく
作家:よろしい!では私の作風を述べよ!
アシ:…えーっと、ジャンルはファンタジーや推理物、ホラー、コメディ、時代劇、SFと節操なし…
作家:そういうふわっとしたのはいい!端的にずばっと述べよ!
アシ:登場人物が異様に多くて読みづらい
作家:そのとおり!あと!仕方なくというのはもっとオブラートに包んで言いなさい!
アシ:気を付けます
作家:結論!登場人物をたくさん出すのが好きな私に、たった2人で書けっつうのは無理!
アシ:じゃあなんで受けたんですか
作家:…この依頼を編集長から頂いたのは、暑い暑い夏の夜のことだった
アシ:はい
作家:『いやあ~先生、熱帯夜ですねえ!どうです?かるーくビアガーデンとか!』
アシ:酔った勢いで受けたんですね
作家:早いよ!ガッチャン!
アシ:あーあ…
作家:…なんだね
アシ:…いえ、こうしている間にも、榊さんは一歩一歩近づいてきてるんだなあ…って。
こう、ヒールを…コツ!コツ!コツ!コ…
作家:ひぃいいいいいいい!
アシ:とりあえず、なんか書いていきましょうよ!
…このままじゃまた、先月みたいに部屋を破壊されます
作家:あの時はひどかった…ここだけ直下型地震が来たみたいに…
アシ:榊さん、片手で本棚倒しますからね。
作家:本がこう…雪崩のようにどかどかどかっと降ってきて…
アシ:さすがに先生死んだかなと思いました
作家:はっはっは!私は無敵!何度でも蘇るわ!
アシ:毎回勘弁してくださいよ…こっちはたまんないですから
作家:私のこと心配してくれるのかい?
アシ:いや、片付けるの私なんで…、…ああ、また話が逸れた…、
えーっと、登場人物は2人ですよね。まずはその二人の関係性から…
作家:宇宙人と地球人
アシ:とりあえず地球人同士でもっと一般的に
作家:友達、恋人…、親子…兄弟…
アシ:そんなところですね
作家:OLと越後屋…吸血鬼とぬりかべ…魔法使いとカマドウマ
アシ:…(深い溜息)…いや、まあいいです、得意分野なんでしょうし
作家:…(考えて)想像しづらい
アシ:自分で言っておいて…
作家:書くとなるとだよ、こう、物語の二人が動き出すような主体性が欲しいね
アシ:友達とか恋人なら、実体験あるでしょう?…あ、でも先生、友達いないか
作家:うむ
アシ:となると恋人…、さすがの先生でも恋愛のひとつやふたつは…
作家:では、私の6年に及ぶ世紀の大失恋を語ってやろう
アシ:それ、長くなるやつですよね、やめましょう
作家:んあー…実体験…
アシ:書きやすいのないですかねえ。とりあえず書き始めないと…
作家:あ!
アシ:なんですか
作家:これでいいんじゃん!
アシ:どれですか
作家:師匠と弟子!つまり!私たち!
アシ:…私はアシスタントであって、弟子ではないです
作家:なあにい?!私のようなベストセラー作家になりたくて
アシスタントしてるんじゃないのか!?
アシ:そうですけど、弟子ではないです。大事なことなんで2回言いました
作家:…何が違うんだ?
アシ:弟子っていうのは師匠を敬うものですから
作家:OK!じゃあ師匠と弟子に決定!次は2人の設定だ!
アシ:ホント、気持ちよく流しますよね
作家:お師匠様と弟子の関係でよくある展開は?
アシ:鉄板なのは、師匠を超える超えないとか…
作家:なんだとガッチャン!ちょこざいな!
アシ:(溜息)よくある展開の話でしたね…、じゃあ、実は親子だったとか?
作家:よーし!それいってみよう!
【照明暗くなる。真ん中のみにスポット】
父(作家) …タカコ…?本当にタカコなのか…!?
子(アシ) …ええ
父(作家) …大きくなったな、父さん、気づけなかったよ…
子(アシ) 師匠が…実の父親だったなんて…
父(作家) 同じ道を志すとは…やっぱり親子だな…
子(アシ) 親子…、今更、虫が良すぎる…
父(作家) タカコ…
子(アシ) 私はね、今でもなんかの間違いであってほしいと思ってるわ
…心から尊敬していた師匠が、子供だった私を捨てた…憎い父親だったなんて…
父(作家) …タカコ!
子(アシ) ねえ嘘でしょ…?なにかの間違いよね!
単に同じ名前ってだけで…!?嘘だって…言ってよ!
父(作家) おまえは確かに私の子供だ
子(アシ) そんな……嘘だと、言って下さい…師匠……
父(作家) 間違いない、おまえの尻のアザがその証拠…
子(アシ) …は?
【照明戻る】
作家:おお、いい展開ではないか!
アシ:ひとついいですか
作家:どうぞ!
アシ:いつ見たんですか、私のお尻…
作家:えっ
アシ:えっ
作家:ん??
【間】
アシ:あ、偶然…ですか…
【間】
作家:もしかしてガッチャンのおしり…
アシ:もういいですから…
作家:……ちょっとやだ!エッチぃ!
アシ:なんで私がエッチになるんですか!
作家:もう~ガッチャンったらぁ!まいっちんぐ!
アシ:(深い溜息)…次いきましょう…えっと、兄妹(きょうだい)ですね
作家:ガッチャンがお姉ちゃんでもいいよ?!
アシ:(棒読み)はいはい、いってみようー
【照明暗くなる。真ん中のみにスポット】
兄(作家) …タカコ…?本当にタカコなのか…!?
妹(アシ) …兄さん?
兄(作家) …タカコだって気づかなかったよ、女らしくなって…
…なあ、もっとよく顔を見せてくれないか…
妹(アシ) やめてよ…
兄(作家) 照れてるのか…タカコはかわいいな
妹(アシ) …兄さん、近い…
兄(作家) だめだ…師匠と呼びなさい。…さぁ、色々教えてあげよう…
【照明戻る】
アシ:はい、おしまいおしまいー
作家:えー、もっとやろうじゃないか!熱いなあ!兄妹(きょうだい)もの!
この先!ここからの展開でだ!お尻の痣を…、こう…!
アシ:先生の性癖に付き合う義理はありません
作家:(独り言)…なんでバレたんだろう
アシ:…にしても…似たような展開になるなあ…
作家:よし!これもやってみよう!
アシ:どれですか…、え……、こいび…と?
作家:いってみよう!
【照明暗くなる。真ん中のみにスポット。作家だけがノリノリになっている】
彼氏(作家) タ、カ、コ~☆
アシ:…え
彼氏(作家) どうしたんだベイベー、コレチカ困るぜ☆
アシ:…先生、ちょっときついです
彼氏(作家) HAHAHA☆仕事以外で先生って呼ぶのはイケナイぜ!ハニー☆
アシ:………
彼氏(作家) アーハァン☆
アシ:(口を押える)…無理です、すみません
【照明戻る】
作家:ちょっと!なんで!
アシ:精神がもちませんでした
作家:耐えるのがアシスタントの仕事だ!
アシ:耐えさせてるって自覚はあるんですね
作家:せっかくノってきたのに…ブツブツ
アシ:…とはいえ、やっぱりどれも一般的過ぎますね
作家:じゃあじゃあ!お得意のミステリーを加味してみては!
アシ:ミステリー?
作家:そう…師弟関係に潜む犯罪のかほり…
…華道家元の後継者選び!密室の茶室で起こった殺人!
名探偵ルポライターが連続殺人事件の真相に迫る!
京都と北海道!鉄道トリックを暴け!犯人はこの28人の中にいる!!
アシ:火サスの詰め合わせじゃないんですから…あと、28人出る時点でアウトです
作家:んあああああああああああ
アシ:隙あらば登場人物を増やそうとする…
作家:いっぱいいた方が楽しいじゃん!
アシ:小洒落たパーティじゃないんです。登場人物は2人!
作家:あれもだめ!これもだめ!って!!
アシ:…ミステリーにしたいんなら、
探偵と犯人…もしくは犯人と被害者、とかにしないと
作家:あ!じゃあじゃあ!…実は弟子が強盗だったとか!
【アシスタント、別人のような険しい表情になる】
アシ:…へえ
作家:師匠と苦楽を共にしていた弟子…その正体は血も涙もない強盗だった!
女は献身的に師事するフリをしながらも、全ての財産を奪う機会を
虎視眈々と狙っていた…。そしてある日ついに、女は強行に及ぶ…とか!
アシ:…
作家:どうだ!いいだろう!
アシ:…するどい
作家:ん?何が?
アシ:私が強盗だって、いつから知ってたの?
作家:え?
【アシスタント、半笑いを浮かべながら作家ににじり寄る】
作家:え?…え?
アシ:なによ…マヌケかと思ってたら…バレてるとはねえ…
…ま、いっか、この仕事いいかげんメンドクサカッタし
作家:どしたのガッチャン…なんかいつもと喋り方が…
アシ:ねえ、死にたくなかったら、有り金全部…出して
作家:わ、わー、ご、強盗みたいー(笑う)
アシ:(笑う)強盗…だから、ね!
【アシスタント、近くにあったペーパーナイフを力任せにテーブルに突き刺す】
作家:ヒッ…!
アシ:…騒がないで?今度はアンタ刺すわよ
作家:…ガッチャン
アシ:アンタさ、ホント不用心よねえ、通帳、私に預けるとか、どんだけ信じてんの?
でもそこまで信じるんだったらさあ、印鑑も預けてりゃこんな怖い思いしなくてよかったのにねえ…
…つーわけで、印鑑とタンス貯金、出せ
作家:…そんな
アシ:センセー、ベストセラー作家だもんねえ、またすぐ稿料(こうりょう)入るからいいでしょ?
作家:…お金…持ってない
アシ:やだあ、嘘つきぃ。そんなこと言ってると、コロシチャイマスヨ?
作家:…
アシ:毎回毎回こき使われて!時間も相当無駄にしてんのよ!
その慰謝料と残業代っつーことで、出してよ…、ね、ミゾウモンセンセ
作家:…本当に持ってないんだ!
アシ:あー!あー!あー!ガタガタうるさいわね!!出せよ!コロスぞ!
作家:お金は…
【アシスタント、ペーパーナイフ引き抜き、作家の前にチラつかせる】
アシ:ドコカナー?
作家:パズストに全部課金した
【間】
アシ:ちょ!先生!また課金したんですか!?これ以上課金はだめだって言ったでしょー!!!
作家:ごめんなさあああああい!!!
アシ:これはガチですね!ガチな告白ですね!?
作家:だってだって原稿書けなくて…あああもうつらいいいいってなって気づいた時には課金を…
アシ:はああぁぁ…どうせ私の今月分も課金されたんだ…
【作家、明後日の方向を見ている】
アシ:…否定を待ってるんですが
作家:あ!ガッチャン強盗上手かったね!役者とか向いてるんじゃないかな!
アシ:(睨む)
作家:ひぃっ!
アシ:…スマホください、アプリ削除します。ついでにクレジットも解約します
作家:もうしない!もうしないから!!
アシ:『追い詰められた作家は、時に何をするかわからない、それを未然に防ぐのが
アシスタントの仕事』でしたよね?!さっきそう言いましたよね!?
先生の廃課金を未然に防ぎますスマホ出してください!
作家:ゆるしてくださあああああいいいいい!!
アシ:(溜息)…強盗の真似したら執筆が進むかと思ったのに…
作家:真面目に書きます!お給料も必ず!
アシ:(深い溜息)
作家:あ、でもね、今の設定はちょっと面白かった!だから書いてみる!
アシ:…なら、お願いします。時間ないですから執筆に入って下さい
作家:よし!やるぞう!
【作家、机に向かって書き始める。アシスタント、部屋から出る】
【作家、しばらく書き続ける】
【アシスタント、新しいお茶を持って、部屋に入ってくる】
アシ:進んでますか?
作家:ちょっとずつ
アシ:まあ、とりあえずは何よりです
作家:頑張ります
アシ:はい。お茶です
作家:ありがとう。あ、良かったら漢字のチェックだけしてもらっていいかな
アシ:わかりました
【間】
作家:ところでさあ
アシ:はい
作家:ガッチャン、結構、ここ長いよね
アシ:そうですね
作家:いつまでアシスタントするの?
アシ:なんですか、突然
作家:…いや
【間】
アシ:気になるんで、言って貰えませんか
作家:いや、その…本当は書きたいんじゃないかなと思って
アシ:…
作家:私は、自分で言うのもなんだけど、手がかかる作家だろ?
アシ:はい
作家:だから、ガッチャンが本当は書きたいのに、その時間を奪ってるんじゃないかなあって。
ほら、さっき強盗のときにさ、時間もだいぶ無駄にしてんのよ…って
アシ:…あれは冗談ですよ。考え過ぎです
作家:そう?
アシ:はい。アシスタントの仕事も、勉強になりますし。…まあ、面白いです
【間】
作家:…書いてみたら?
アシ:え?
作家:小説
アシ:…
作家:やっぱり、いつまでも私のアシスタントじゃだめだろう
アシ:…ここを辞めろってことですか?
作家:アシの仕事続けて欲しいが、そろそろ独立してみるのも…ね
アシ:…独立
作家:新人文学賞に応募してみるとか…私で良ければ、手直し位はできるぞ!
アシ:…
作家:どう?
【間】
アシ:私は…
作家:うん
アシ:逃げてるだけかもしれません
作家:書くことから?
アシ:書くのが、義務になることから
作家:…そうか
アシ:さんざん先生に、書け書けって言ってますけど、私自身はどうだろうって考えるんです
作家:うん
【間】
アシ:先生は…
作家:ん?
アシ:…私の給料、ゲームで溶かすし、月末はデスクの下から出てこないし、
挙句、榊さんに毎月部屋を破壊されては、無様に本に埋もれる…
作家:突然のディスり…!
アシ:でも、書き始めたらすごい…
仕方なく読み始めた本も、読むうちにどんどん引き込まれるし、
ウザい程いる登場人物も、みんな生き生きとしていて…
作家:褒めるならしっかり褒めよう?
アシ:それが、私にできるのかなって…いつか、書いてみたいと思ってるんですが…
作家:…
アシ:でもまだ自信がありません
【間】
作家:そうか
アシ:すみません、もうしばらく、先生のところで勉強させてください
作家:やっぱりだめか…
アシ:…はい?
作家:そんなこと言ってると…
アシ:ああ…歳ばっかりとっちゃいますね
作家:成仏できないぞ?
アシ:え?
作家:…
アシ:…先生、ふざける暇があるんだったら原稿を…
【部屋が徐々に暗くなる】
【アシスタント、作家の雰囲気が今までと違うことに戸惑う】
【間】
アシ:先生…?
作家:…未曾有門伊周(みぞうもん これちか)が文壇にデビューしたのは今から11年前。
彼は多くのベストセラーを残したが、作家人生は短かった
アシ:…
作家:なぜなら、彼は5年前に自害したから
アシ:え?
作家:忘れてるか…まあ、だからこうしているわけだしね
アシ:先生、何を言ってるんですか…意味がわかりません
先生が死んだとか…
作家:死んだんだよ、未曾有門伊周(みぞうもん これちか)は死んだ
アシ:じゃああなたは誰なんですか!?
作家:…しがない霊媒師だ
アシ:霊媒師?
作家:ここのオーナーに頼まれてね…
この部屋に入居した人が、女の幽霊を見たって言っては出て行くから、鑑定して欲しいってね
アシ:…女の?幽霊?
作家:君はショックだったんだね、大好きだった先生が亡くなって…、だから君も…後を追った
【間】
アシ:違う…!違う!だってあなた…先生の姿してるじゃない!?
作家:私の姿が先生に見えるのは、君の残留思念を読み取って具象化しているだけだよ。
この部屋だってそうだ。先生と過ごしたいと願った君の想いを…
アシ:うそよ!
作家:じゃあ思い出してごらん、君が先生のアシスタントになったのは何年前?
アシ:…何年前?…相当前よ…!先生が私に、アシスタントになれって、それで…
作家:見ず知らずの君にアシスタントになれって言ったのかい?
アシ:それは…だって、先生が…確かに…
作家:どういう経緯で先生に会ったんだい?アシスタントになる前は?
アシ:だから………ううっ
作家:私が嘘をついてると言うなら、全部答えられるはずだよ?
アシ:…じゃあ、ここで先生と過ごした日々は…そんな…違う…嘘よ…
【間】
作家:さあ、思い出して。もう、時間だ…
【アシスタント、頭を抱えてしばらく苦しそうに唸るが、ハッとして動きを止める。】
アシ:…私は、ここで死んだ…
作家:…そうか
アシ:…未曾有門(みぞうもん)先生のファンだったです。
先生が亡くなったって聞いて…自殺だって聞いて…
私は、耐えられなかった。なんで…なんで先生が…
できることなら!先生のお手伝いがしたかった…
先生はここで…ひとりぼっちで命を…だから私も…自分で…
作家:先生が死んだ部屋で、一緒に過ごす夢を選んだんだね。最期の夢に…
【間】
【窓から明るい光が差し込む】
アシ:…この光…おむかえ、ですか?
作家:ああ
アシ:そっか…。私、…逝きます。いい夢でした。先生の傍で働けて、楽しかった。
…本当は、先生みたいな作家になりたかったんです
作家:…今度生まれ変わったら、作家になるといいさ
アシ:いいえ、作家にはなりません。私は今度こそ、先生のアシスタントになります。本当のアシスタントに…
ありがとう…ございました…
【アシスタント、部屋から出ていく。照明が一気に暗くなる】
作家:…いなくなっちゃったか。…ははは、霊媒師だって。バカだな……私だって死んでるのにな…
嘘ついてすまないね。こんな…こんないい子、いつまでも引き留めておくのは、ね…
【作家、静かに泣き始める】
作家:つらかったな…、書くことが楽しかったのに、
だんだん義務になって、逃げたくなって…
…だから死んで逃げた…もう書きたくなかった…
死んでも、ずっと蹲(うずくま)ってたなあ。そしたら声が聞こえた。
「先生?」って。私を見て、私に気づいてくれた…
ずっとひとりだったから、嬉しかったなあ…。
あんまり嬉しくて、君をアシスタントにして、
生きてた時みたいに原稿書いてるフリなんてして。……楽しかったな
【作家、嗚咽する】
作家:死ぬ前に…、君に出会えていたら…!
私は死なずにすんだかもしれない…!君だって…死なずに…!
すまない…!ごめんな…!ありがとう…
【窓から明るい光が差し込む】
作家:あ…、私も、もう時間か…、
…もし、また生まれ変われるなら、…絶対作家になんかなりたくないと思っていたが、
君が生まれ変わってアシスタントになってくれるなら…
…次、こそは…もっといい……作家に………
【暗転】
作家:ってのはどうだーーーーーーーーー!!ガッチャーーーーーン!!!
【部屋が一気に明るくなる。アシスタント、部屋に戻ってくる】
アシ:はい、いいと思います
作家:うんうん!意外性あるよね!
アシ:そうですね
作家:はっはっは
アシ:普通はどっちか、ですけど、どっちも、というのはあまりないかと
作家:むふふふふふふ
アシ:気持ち悪いです
作家:こほん!ところでガッチャン!さっきぃ、ガッチャンが私にずっと憧れていて大好きで、
生まれ変わっても私のアシスタントになりたいって言ったのは
アシ:フィクションです
作家:夢をありがとう!
アシ:でもまあ、これでなんとか…
作家:原稿落とさずにすむううう!!!
アシ:部屋を破壊されなくて済んだ…
作家:よおし!タンス貯金で寿司食おう寿司!
アシ:ところで先生
作家:なに!
アシ:ちゃんと今の、書き留めてましたよね?
作家:えっ
アシ:えっ
【言葉とほぼ同時に、玄関のチャイムが鳴る】
作家・アシ:ああああああああああああああああああああ!
【二人、この世の終わりが来たように悶絶する】
(劇終)
著作権は揚巻にあります。
ネット上での上演に関しましては規約を守った上でご自由にお使いください。