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一通夜曲(いっつうやきょく)

作 : 揚巻

 

(♂1 : ♀1 )

♂純:
♀マキ:

 

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<声劇メモ>
・使用前に一度更新(F5)お願いします。
・会話劇ですので、間は自由にとってください。
・アドリブも大丈夫ですが、演者同士意思の疎通がとれる範囲でお願いします。
・言い回しや語尾は変えて頂いて大丈夫です。

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【夜。道路沿いの自販機の前。路肩の縁石に座り込むマキ。そこに純がやってくる】



純 : よう、待ったか

マキ : よう、…待った。最初の電話の前からずっと待ってた

純 : は?最初の電話って…(腕時計を見る)…マキ、何時からここにいんの?

マキ : わかんない

純 : 腹とか減ってないの?

マキ : わかんない

純 : (溜息)…で、どしたの

マキ : …べつに

純 : お前が俺を呼び出すってことは…男に振られた?

マキ : ちがう

純 : じゃあ、友達と喧嘩した…あ!財布をなくした?

マキ : ちがう!

純 : あとは…太った?

マキ : …純

純 : お、あたり?

マキ : 死にたい

純 : は?いやいや、太ったくらいでオーバーだな

マキ : …

純 : ガチで言ってんのか?

マキ : ぜーんぶパァになっちゃった。だから、死にたい

純 : …ふーん



【純、マキの隣に座り、ポケットから煙草を出すと火をつける。
 しばらく、黙って煙草を吸い続ける。
 その間、会話はない。時折車が走り抜けていく】

 



純 : ドライブ行かないか?

マキ : どこに?

純 : さあな



【純、そう言ってニヤリと笑い、歩き出す】

 



マキ : あ、ちょっと待ってよ…!

 



【夜の県道。純が運転する車の助手席にマキが座っている】

 



純 : やっぱ、夜は空いてて走りやすいな

マキ : ねえ、運転荒くない?

純 : そうか?いつもこんなもんだろ

マキ : 変な時間に呼び出したから怒ってる?

純 : はあ?

マキ : それとも連続で携帯鳴らしたから?

純 : あのなあ、それくらいのことでキレるかよ

マキ : ほんとに?

純 : 午前2時に呼び出されんのも、お前で着信履歴が埋まるのも慣れた

マキ : ココロ広いね

純 : 誰かさんのおかげでな

マキ : で、どこ行くの

純 : ん~、外国

マキ : 大変だ!パスポート持ってきてない!

純 : 俺も

マキ : それにお金もない!

純 : 俺も

マキ : じゃあ、密入国かあ

純 : 俺ら、前科モンになるな

マキ : …!

純 : どした?

マキ : …なんでもない。で、どこ行くの

純 : 遠足で行った山

マキ : 遠足?小?中?

純 : 中学

マキ : じゃあ、八景山(はっけいさん)?なんでまたそんなとこ

純 : 懐かしいだろ

マキ : 懐かしいけどさ…あ、車で来るの初めてだ

純 : 歩きだったもんなあ、あの頃

マキ : 中学自体が山の中腹にあったのに、そこから更に登るとか頭おかしい。

    しかもハッケイサンなーんにもないし。ただ山。ずっと山、山、やま、ヤマ…あああ…

純 : トラウマかよ。そういえば、登山スタイルのじいちゃんばあちゃんが多かったな

マキ : ガチ装備のね。そこにあえて行く?

純 : 八景山(はっけいさん)、整備されてすげえ綺麗になったってよ

マキ : 誰情報?

純 : コウイチ。この前、彼女と行ったって

マキ : 彼女と夜のドライブですかあ、お盛んですなあ!

純 : 昼に家族ぐるみでキャンプだと

マキ : まあ健全!結婚秒読みですなあ!

純 : 年内にはするんじゃないの

マキ : それにくらべて我々は寂しいもんですなあ!

純 : 誰かさんと一緒にされたくないですなあ!

マキ : 似たようなもんでしょ!彼女いないくせに!

純 : 今の台詞、鏡見て言え

マキ : (バックミラーを動かして)彼氏いないくせに!

純 : おい!バックミラー動かすなバカ

マキ : 鏡見て言えって言ったじゃないの

純 : サイドミラーにしろ

マキ : (サイドミラー見て)彼氏いないくせに!

純 : …もういい。なんか俺の方が悲しくなってきた

マキ : …なにさ、自分で言っといて…あ、ここ、山道入口?

純 : ああ

マキ : 早っ!こんなに近かった?

純 : 車だとあっという間だよな

マキ : 歩きだったら絶対へばってる

純 : は?楽勝だろ

マキ : えー、無理。あの頃はここで帰りたかったもん。

   ここでお弁当食べて下山したかった

純 : まだ山に登ってもいないんですけど

マキ : 中学自体が山にあったんだから、毎日遠足みたいなもんじゃん

純 : 俺、毎日ここ走ってたけど

マキ : え、なんで

純 : 部活

マキ : ああ、サッカー部。いやあ、ない!ない!ない!!

純 : さすがに夏とか死んでたな

マキ : 生きろ…!

純 : はいはい、生きねば

マキ : 運動部恐るべし…。あー、私、文化部でよかった

純 : お、看板だ『八景山(はっけいさん)ハイキングコースへようこそ。

   美しい景色と、彩りの四季をお楽しみください』

マキ : 遠足という名の地獄へようこそ。見る余裕のない景色とせまりくる死期をお楽しみ下さい

純 : おまえね…

マキ : 私にはそう見えたんだよね、その看板

純 : どんだけ嫌だったんだよ遠足…

マキ : でも、懐かしいな…なんかぐっとくる

純 : 俺とお前じゃ、懐かしさの度合いが違うんだろうな

マキ : どっちが強いんだろ。毎日見てたのと、たまに見てたの

純 : さあな。…入るぞ



【車は夜の山道へ入っていく】

 



マキ : あー、昔より道がきれいになってる

純 : 確かにな

マキ : 中に車で入れるって知らなかった。あの頃は獣道だったし

純 : (笑う)お前どこ歩いてたんだよ

マキ : 笑うな

純 : 獣道って

マキ : そんなにおかしくないでしょ

純 : 遭難かよ

マキ : しつこい

純 : どうせ『あ、ちょうちょ~♪』とか言って道はずれたんだろ

マキ : ちょうちょきらい

純 : 『あ、かなぶん~♪』

マキ : 馬鹿にしてるでしょ

純 : でも、昔は夢見る乙女だったじゃん。

   読書してる女子がモテるって信じちゃってさ、ジブリの見過ぎ

マキ : ホントうるさい

純 : そんで、図書カードチェックしてさ、自分の後に名前ないからって勝手にしょげてんの

マキ : ばか

純 : 言うほうがばか

マキ : ぐーで殴ってやる!

純 : おい、ハンドルミスったらやばいぞ、窓の外見ろ

マキ : (窓から下を覗き込む)見た

純 : ふっ…崖から落ちたくなければおとなしくするんだな

マキ : 崖ってレベル?ちょっと草が生えてる坂じゃん、ガードレールあるし

純 : いいから黙ってろ、『騒ぐと命の保証はないゼ、ふっふっふ』

マキ : わかった。黙ってると酔って吐くけど、黙るよ

純 : おい待て、黙るな

マキ : …

純 : おい…何か喋れよ、黙るな

マキ : …

純 : おい!おいって!

マキ : …う

純 : 吐くなよ!絶対吐くなよ!

マキ : …ううう~

純 : …喋ってください、お願いします

マキ : うむ、よかろう

純 : くっそ…くらえ!



【純、わざと蛇行運転をする】

 



マキ : あー!ちょっと!グネグネやめてよ!ホントに酔うでしょ!

純 : (笑う)ざまーみろ

マキ : ふん!



【間】

 



マキ : 気分転換にドライブ誘ったの?

純 : まあ、もうすぐわかる

マキ : なにそれ

純 : …

マキ : …ここどこ

純 : ハイキングコースの広場。俺らが弁当食ってたとこ

マキ : へえ、ここも綺麗になってるんだね

純 : 見ろよ、キャンプ用のコテージ

マキ : え、リッチ!金かかってる!

純 : アスレチックもあるってコウイチ言ってたな

マキ : さては、私たちの遠足で儲けたんだな

純 : は?遠足って金払うの?

マキ : 払うんじゃないの?お邪魔するんだし

純 : お邪魔…?山にか?

マキ : うん

純 : 払うって、そもそも誰に?

マキ : 地主…とか?

純 : (笑う)

マキ : なによ

純 : いや…、お前が遠足の時「ぢぬしめえ」って叫んでた意味がわかった

マキ : 言っ…てたかなあ?

純 : 言ってただろ、俺の後ろで『足が痛い~』『もう歩けない~』ってぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ…

マキ : はあ?純の後ろで?なんでよ

純 : 誰かさんが俺のリュックの紐を掴んで離さないもんですからねえ。…おかげで学校までクソ重いったらねえよ

マキ : そうだったそうだった、…うむ、ごくろう

純 : (舌打ち)…このやろう、お、県道出るぞ



【車は、山道を抜け、滑らかな道を走る】

 



マキ : 道広い!

純 : 何年か前に二車線にする工事あったからな

マキ : なんでこんな山奥の道を広げたんだろ

純 : この先に風呂できたんだよ、スーパー銭湯

マキ : 温泉?

純 : 温泉かどうかは知らねえけど

マキ : 温泉で一山当てたのか、地主め

純 : 地主から離れろ。ま、それの送迎バスがあるから、道広げたんじゃねえの

マキ : 時代は変わるなあ。今だったら遠足のついでに温泉入れたのに

純 : だから、温泉かどうか知らねえけどな。

  日替わりで風呂が変わるんだってさ、ユズとかバラとか

マキ : 薔薇!素敵!いいなあ!お風呂!

純 : 確かに風呂はいいよな。すかっとする

マキ : なるほど~、風呂ね。把握!

純 : 何が?

マキ : 私を風呂に連れてって、命の洗濯ってわけね。純にしては気が利いてる

純 : は?違うけど

マキ : え?じゃあどこに向かってんの

純 : ここ

マキ : ん?



【車、徐行し、停まる】

 



マキ : …何もないけど

純 : そこに道あるじゃん

マキ : あるけど…これこそ獣道じゃないの?

純 : それ、旧道。未舗装の一通(いっつう)ね

マキ : ふーん

純 : つまり、対向車が来たらおしまい

マキ : ふーん



【間】

 



純 : …じゃ、いくぞ

マキ : うん。…ん?え?

純 : 今からここを全速力で逆走する

マキ : はあ?

純 : 中途半端に怪我するのはごめんだからな、

  やるからには確実に死ねるように飛ばすぞ

マキ : …また冗談言ってんのね?あのさ、全然笑えないんだけ…

純 : 俺と死ぬよな?マキ



【マキ、純の目を見て、冗談でないとわかる】

 



マキ : ちょっと待って…純…

純 : よし…しっかりつかまってろ!…いくぞ!



【男、ハンドルを握り、アクセルを踏み込む】

 



マキ : 待って!純!やめてよ!いやああああーーーー!!

 



【間】

 



【山道に停まった車の中。
 ハンドルを握ったままの純と、ドアの手すりに捕まったままのマキ】

 



マキ : (荒い呼吸)

純 : …一台も来なかったな

マキ : あんたね…

純 : あれだけかっ飛ばしたのになあ、ざーんねん

マキ : なんなのよぉ…

純 : もう一度やるか?

マキ : ばかじゃないの!!

純 : なにが

マキ : 迷惑考えなさいよ!

純 : お前のか?

マキ : そうじゃなくて!アンタはいいだろうけど、

   何も知らずに走ってきた対向車はいいとばっちり!大迷惑!

純 : なに、そんなこと考えんの?

マキ : はあ?

純 : 死ぬってのは多かれ少なかれ人に迷惑をかけるもんなんだよ。

   それがホントに死にたいと思う奴の言うことか?

マキ : だからって!知らない人を巻き込まなくてもいいでしょ!…他にも死に方あるんだから!!

純 : たとえば、夜の森で人知れず毒飲んで…か?

   何日か経って、テメエのゾンビ見つけた奴だってとばっちりだろうが

マキ : 見つからないかもしれないでしょ!

純 : この山には自然観察指導員がいるからすぐに見つかりまーす

マキ : …ううう

純 : どこで死んでも、人に迷惑かけるんだよ

マキ : …

純 : どんな死に方しても、人に迷惑かけるんだ。

   …夜の森で死んでも、病院のベッドで死んでも同じだ

マキ : なによそれ

純 : …



【間】

 



純 : で。どうすんの、もう一度やんの?やんないの?

マキ : もういい

純 : 死ぬのは?

マキ : それももういい

純 : あっそ

マキ : どっか広いとこ行きたい

純 : 広いとこ?

マキ : がーっと広いとこ。ばーっと見通せるとこ

純 : じゃあ展望台行くか

マキ : …あの、見張り台みたいなとこ?

純 : 何を見張るんだよ…。そうそう、まあ、そこだよ。夜景が綺麗なんだと

マキ : あー夜景ねー、ろまんちっくー

純 : やけくそで言うな、…よし、一旦国道出るか

マキ : 今来た道引き返せばいいじゃない

純 : あのデコボコをまた行くか?俺のドリフトが火を噴くぜ?

マキ : あー、いい、やっぱいい。国道から安全運転でお願いします

純 : (笑う)んじゃ、のんびりてっぺんまで行きますか



【間】

 



【山頂の展望台、街の灯りが見える。純、駐車スペースに車を停める】

 



純 : よし、ついたぞ

マキ : 見張り台までおしゃれになってる

純 : 展望台な。デートスポットで有名なんだってさ

マキ : 誰もいないけど

純 : 今、午前3時だぞ、さすがに誰もいねえよ。ほら行くぞ

マキ : あ、先行ってて、自販機でファンタ的なの買ってくる

純 : ファンタじゃだめなの?

マキ : ファンタ的なの!

純 : はいはい。あ、展望台こっちだからな、獣道入るなよ

マキ : 馬鹿にすんな



【純、展望台にやってくる】

 



純 : はー、きれいなもんだな…、よいしょっと

 



【純、展望台のベンチに腰掛けて夜景をぼんやり眺める】

 



純 : 死にたい、か…

 



【しばらくしてマキがやってくる。手には缶とペットボトル】

 



マキ : お待たせ、はい、コーヒー

純 : お、サンキュ

マキ : それ、ガソリン代ね

純 : はあ、やっす

マキ : うるさい。…あ、夜景だ~!きれーー!

純 : まあ、夜だしな

マキ : あのさ、もうちょっと、気の利いたこと言えないの?

純 : たとえば?

マキ : 『この夜景より、キミの方がキレイだよ』

純 : お前に?っていうか、お前が?

マキ : もういい

純 : 逆に俺にそれ言われてどうなの

マキ : アンタが?!っていうかアンタに?!

純 : そういうもんだよ

マキ : あーあ、ちっともロマンチックじゃない

純 : 求める相手が違うだろ

マキ : ソウデスネー、ファンタ飲も、……はーうまー

純 : さっさと出世して男捕まえろよ、お前の野望なんだろ?

  いつか社長になって新入社員の若い男を権力で自分のものにするってさ

マキ : …うん

純 : それ、正直どうかと思うけどね。どうせ捕まえるんならさ、金持ってる上司の方が…

マキ : …



【間】

 



純 : …仕事のことか

マキ : なにがよ

純 : 死にたいワケ

マキ : …

純 : わかりやすいねえ

マキ : うるさい

純 : 話せよ、俺に求めんのはそれだろ

マキ : …



【純、マキが話し出すまで黙っている】

 



マキ : 私さ…

純 : おう

マキ : 会社のお金…持ち逃げしちゃった!

純 : は?

マキ : 今月の売上金、持ち逃げしちゃったの!やっちゃったなあ!

純 : …

マキ : 私~欲しいものとかいっぱいあるんだよねえ!服とかバッグとか宝石とか!

   見てたら欲しくなっちゃうけどお金ないじゃん!だからつい会社の売上に手出しちゃって!

   あとさ!若い男に入れあげて、その男に貢ぐ金欲しさにやっちゃった感じ?

   あんな大金見てたらそりゃ魔がさしたりするよね~!うんうん~!魔がさすよね?ね~!

   でもさ!犯罪だから!会社のお金持ち出して家まで持って帰るとか、どんな言い訳したって犯罪です!

   …犯罪…だから…



【間】

純 : って、言われたのか

 

マキ : …え

純 : そう言われたんだろ、上司か同僚に

マキ : それは…私が…

純 : お前が、服とか宝石だの買うために、横領?ははははは!

マキ : だって…

純 : しかも男に貢ぐとか…男の気配全くないんですけど

マキ : ちょ…どういう意味よ!

純 : 柔軟剤の匂いしかしないオンナに男の気配は感じません~

マキ : うっさいばか!

純 : いやあ、申し訳ないんですけどぉ、てめえを捻じ曲げてる馬鹿にバカとか言われたくないですねー

マキ : なによそれ

純 : そう言われたからそうです?…ホント、ばっかじゃねえの

マキ : だって!何言ったって信じてくれないだもん!

純 : 信じねえのは会社の奴だろ!それを!俺に言うのがムカつくんだよ!!

マキ : …!

純 : …試してんの?俺がそのたわごとを信じるって

マキ : …

純 : 馬鹿だし、ムカつく。本当のワケがあるのにそれを言わないお前にも、

   察してくださいお願いします的なお前にも、それくらいのことで死ぬとか言ってるお前にも!

マキ : 全部私じゃん!

純 : お前以外にムカつく要素がどこにあんだよ!ばーーーか!

マキ : ばかって言う方がばーーーーーーーーーーか!!

純 : お前の方が全然ばーーーーーーーーーーーーーか!!

マキ : 馬鹿…!だから…言い返せないんじゃん!…私、前科あるし!

純 : …

マキ : 絶対、信じてくれないんだもん…

純 : 前科って、高校の話だろ?

マキ : …

純 : しかもお前はやってない

マキ : やってないけど、信じてもらえなかった

純 : それは、…やってないけど、やったって言っちまったんだろ

マキ : …

純 : リーダ格の奴らが面白半分でやってたことをさ、同じグループにいたからって、

   お前まで芋ヅルになる必要あったわけ?だいたい、知らなかったんだろ?

マキ : …何か楽しそうにしてるなあって思ってた。でも、そんなことやってるなんて知らなかった…

純 : …購買のパン盗んで、みんなが困ってるのを見て笑って、それを半年も繰り返して…だろ?悪趣味な悪戯だな…

   俺の学校までウワサ流れてきてさ、コウイチから、やった奴等の中にマキがいるって聞いて、

   お前に聞いても何にも言わねえし…そもそも会おうとしねえし

マキ : だって、私と一緒にいたら、純まで変な目で見られちゃうでしょ、違う高校なのに

純 : お前な…!

マキ : あれさ、最後は両親呼ばれて、お金折版(せっぱん)して払って、厳重注意で終わったんだけど…

   親に叱られたなあ…、真偽を聞いても貰えなかった。…まあ、やったって言った私が悪いんだけどね。

   …やってないって信じてくれたのは、コウイチと…純だけ

純 : …お前はそんなことする奴じゃない。…だけどさ、なんでやってもいないのに認めたんだよ

マキ : だって、やってないって言ったらグループのみんなから『裏切者』って…このままじゃいじめられると思った、だから…

純 : ったく…

マキ : 今ならわかるよ、やってないものはやってない!って言うのが筋だって。

   でも、高校1年生で、これからまだ学校生活が3年もあるのに、ずっといじめられっぱなしになるって考えたら、

   そっちの方が怖かった

純 : あの頃って、子供だったよな。俺も同じ立場だったら、…わかんねえし

マキ : 先生に言われた言葉が、すごく残ってて。

   一度はやってないって嘘ついて、追及されたら認めるような奴は社会に出てもずっとこうだって。

   この『前科』はずっとついて回るから覚悟しろって…

純 : それでも先公かよ、つまんねえこと言いやがって…

マキ : それをさ、言われたの。主任から

純 : 会社の上司が知ってたのか、そのこと

マキ : うん

純 : なあ、なんで横領みたいなことになったんだ。そうじゃないんだろ



【間】

 



マキ : 一昨日、月末だったでしょ?売上金、3時までに入金しないといけなかったから、

   バッグに入れて銀行行こうと思ってたのにすっかり忘れてて。しかも、忘れてることも忘れててさ…

   お金持ったまま家に帰っちゃったの。帰って気が付いて、すぐに主任に電話したんだけど繋がらなくて。

   何度も何度もかけたらようやく繋がって、お金持って帰っちゃったこと話したら怒鳴られて…

   …元々、電話取った時点で機嫌悪そうだったんだけど

純 : お楽しみのところを、邪魔されたんじゃねえの~?…玉のちいせえ男

マキ : …女なんだけど

純 : …じゃあ、ついてないな、失敬!

マキ : (溜息)

純 : で、それから

マキ : …とりあえず翌日、朝イチで入金した。それが昨日の話

純 : それで一件落着だろ

マキ : こんなことは二度とないようにします、申し訳ありませんでした、って主任にちゃんと謝ったんだけど

   そのとき主任に『ホントに忘れてたの?』って言われて…

純 : は?

マキ : 『ホントは、なんだかんだ理由つけて、ネコババしようと思ったんじゃないの?

   でも怖くなったからやめて、言い訳してるんじゃないの?』って

純 : は?なんだよそのババア

マキ : …私と同い年だから

純 : 失敬!

マキ : 私、そんなことありません!ってちゃんと言ったの。忘れていたのは自分のミスだし、

   それに関して言い訳するつもりはないけど、本当にネコババしようなんてこれっぽっちも思ってませんって

純 : そりゃそうだろ、っていうか、なんで頭ごなしに決めてかかるんだそいつ

マキ : そしたら『あなた、高校の時にも盗みをやったことあるでしょ?』って。

   …びっくりした。なんでこの人が知ってるの、ってさ

純 : …

マキ : 私、履歴書とか職務経歴書とかその範囲のことしか会社には伝わってないって思ってたから。

   まさか、高校の頃のそんなことまで知られてるって思ってなくて。あれだって、本当はやってないから

   後ろめたいことなんてないはずなのに…

純 : (溜息)

マキ : 私ね、あの事件ちょっと忘れてたんだ…いや、悔しい気持ちとかは忘れられないけど、

   事件というより、先生が言った「前科がずっとついて回る」って言葉。

   思い知らされたな、やっぱりそうなんだって

純 : その言い方よせ

マキ : だって、前科は前科だよ

純 : 前科っていうのは法律を犯して罰を受けたことをいうんだ、お前は別に警察に捕まったわけじゃないだろ

マキ : でも、それを主任が知ってたってことはさ、学校側が話したってことでしょ。…素行調査、っていうの?

   結局は、やっぱりそれが付いて回るってことなんだよ。前科にせよ悪戯にせよ、私が犯した罪はついて回る



【間】

 



純 : で、これからどうなるんだよ

マキ : 「忘れてた」とはいえ、家に持って帰ったのは事実だからね。明日、本社から社長が来るから、話す。

   クビになるか、警察呼ばれるかは…わかんない

純 : なんで二択なんだよ、社長がお前のこと信じるかもしれないだろ

マキ : …どうかな

純 : 諦めんな。ちゃんと言えよ、本当のこと

マキ : …

純 : 主任が何言っても、自分は違うって言えよ。もう子供じゃないんだ

マキ : うん…

純 : ホントにわかってんのかよ。…俺にはズケズケ言うくせに、変なとこは内気っていうか遠慮しいっていうか…

マキ : わかってるよ、純が言ってること。よくわかってる。ただ、本当にダメだったなあって今更感じてね。

   いじめられるのが怖くて、前へならえで「やりました」って言っただけのことでさ、

   色んなものが全部ぱあになるんだなあって考えると、本当に、一言って重いなって…

純 : …

マキ : 純と違って、他の人には「察して下さいお願いします」的なんじゃダメってわかってるから、

   行動で示そうって自分なりに頑張ってきたんだけど、それも明日でダメになるのかなって…

  …そんなことぐるぐる考えてたら、「死にたい」なんてさ。ごめん…

純 : …



【間】

 



純 : 夜景、見ろよ

マキ : え?

純 : 灯りのひとつひとつに人がいるんだ。ま、街灯の灯りもあるけどさ、

   あの灯りの下に、すごく幸せな奴もいれば、死の瀬戸際の奴だっているかもしれない。

   今の俺たちみたいに、灯りがない場所にだって人はいるわけだし

マキ : 綺麗だけど…なんか寂しい

純 : 時間が時間だからな、みんな寝てんだろ。でも、灯りはある。全部が消えることはない

マキ : うん…

純 : 何があっても消えない光もあるってことさ

マキ : 何があっても消えない光…

純 : 正直、お前の明日が…あ、もう今日か…、今日がどうなるか俺にはわからない。

   お前の言う通りになるかもしれない。

   だけど、ひとつだけ俺にも言えることがある

マキ : …

純 : 繰り返すな。お前がやってもいない罪を背負って、それを一生抱えていくのは確かだ。

   だけどそれを増やすな。しっかり自分の「本当」を言え。

   …それでもお前のこと、ハナから決めてかかるような奴がいたら…

マキ : いたら?

純 : 俺が、ぐーで殴ってやる



【間】

 



マキ : (笑う)暴力沙汰じゃん

純 : ああ、いいさ

マキ : 傷害事件だよ。イキナリぶん殴るとかさ

純 : 上等だよ、ダチを守る為の罪ならいくらでも背負うさ



【間】

 



マキ : …ありがと

純 : ん?泣いてんの

マキ : 泣いてないし

純 : 泣いてんじゃねえの?あ、感動しちゃった?

マキ : ファンタが目に染みただけ

純 : ファンタ的なものだろ

マキ : ファンタ的なものが目に染みただけ

純 : 言い直しやがった。そもそもどうやったらファンタ的なものが目に染みるんだよ、バカか

マキ : バカって言う方が…

純 : ばーか



【夜の展望台で笑い合う2人】

 



純 : 帰るか

マキ : そうだね

純 : ま、大丈夫だよ

マキ : うん。なんかそんな気がしてきた

純 : ああ

マキ : 純

純 : んー?

マキ : いつもありがと

純 : …おう

マキ : 素直じゃん

純 : まあ、たまにはな

マキ : ふうん。…さては、ロマンチックな雰囲気になったか

純 : 誰と?誰と?誰と!?

マキ : はいはいすみませんでした

純 : 相変わらずジブリの見過ぎ

マキ : うるさい

純 : さーて、帰りは車も少ないだろうし、俺の嵐のドリフトを体感させてやろう

マキ : 安全運転でお願いします。死にたくないんで

純 : あっそ



【二人、笑って話しながら車へ戻っていく】

 



【翌日。携帯からどこかに電話しているマキ】

 



マキ : あ、もしもし私!あのさ!…あれ?おばさん?…あ、お久しぶりです。あの、純はトイレかなんか…?

  ……え?



【総合病院の一室、純はベッドに寝ている。その横に座っているマキ】

 



純 : で、どうだったよ

マキ : …

純 : おい

マキ : なんなの、これ

純 : 入院のことか?

マキ : 昨日一言も言わなった

純 : 言ってないからな

マキ : なんで言ってくれないのよ!!

純 : しーっ。ここ病院

マキ : …!わかってる…わよ!

純 : まあそれは話すからさ、まずはそっちの報告

マキ : ホントね?

純 : ああ

マキ : 朝から社長に会ったの

純 : ああ

マキ : ちゃんと話したよ。「本当」のこと

純 : で、ババァ…(咳払い)…主任さんは?

マキ : 案の定、わざとじゃないか~みたいなことを言ってた

純 : やだねえ

マキ : でもね、社長が言ってくれたの。彼女はそんなことしないって。

   入社以来ずっと私の仕事を…見ててくれたんだって。だから、それは本当に忘れていただけだって

純 : 見てる人は見てるもんだ

マキ : そしたら主任が、高校のことも言ったの。すごくドキドキした。

   私のことを見て、信じてくれた社長を裏切ることになるんじゃないかって

純 : 社長、なんて?

マキ : 誰にでも間違いはある。その間違いが二度と起きないように頑張ってる人はたくさんいる。

   一度起きたからと言って二度が必ずあると疑うのはその人の積み重ねを無駄にすることだ。

   そんな風に考えてはいけないって

純 : いい社長だな…主任は、アレだけど

マキ : そんな風に言って貰えたらね、

   なんか今まで「前科」って思ってたのを「経験」だって思えるようになれそう。

   あの事件があったから、私、もっと頑張ろうって思えるようになったのかもしれないなって。

   それがなかったら、もしかしたら今よりいいかげんだったかもしれないし

純 : おいおい、ないにこしたことないんだからな

マキ : だから、私は大丈夫

純 : …そっか

マキ : …それで、純は?

純 : んー?

マキ : 入院、いつから決まってたの?

純 : 先週。ベッドが空くの待ってたんだ。…昨日、連絡がきた

マキ : …どうせ、すぐ退院できるんでしょ?

純 : …んー

マキ : 食べすぎとか、飲みすぎとかさ、どうせそんなとこでしょ

純 : それがなー、ちょっとばかし、厄介な状態でねえ

マキ : …またまた、いつもの冗談でしょ

純 : (笑う)



【マキ、純の笑い方で冗談でないことがわかる】

 



マキ : …冗談じゃ、ないんだ…

純 : ま、今から手術とか治療とか始まるから何とも言えねえけどさあ、乗り切るさ



【間】

 



マキ : …なんで言ってくれなかったの

純 : 昨日か

マキ : 私ばっかり…あーだこーだ言ってさ。全然純のこと聞きもしなかった

純 : 話したかったら話してる。話したくなかったから話さなかっただけだ

マキ : だって

純 : いいんだよ、それで

マキ : 私、何にもできてない。いつも助けてもらってばかりで、私は純のこと何も…

純 : 付き合ってくれただろ、夜のドライブ

マキ : …

純 : 怖い思いもさせたしな

マキ : …純

純 : ん?

マキ : 死にたかったの?

純 : …

マキ : だから、逆走なんて無茶なことしたの?

純 : …ちょっとな

マキ : 純…

純 : まあ、気分だけ味わいたかったんだよ

マキ : どういう意味?

純 : あの旧道、一通だって言っただろ

マキ : うん

純 : あれさ、逆走じゃないの

マキ : え?

純 : 出口から入口に逆走したんじゃなくて、普通に入口から出口に向かって走ってただけー

マキ : …はぁ?

純 : だからまあ、対向車なんているはずないの



【間】

 



マキ : 嘘だったの?

純 : やるわけないじゃーん、逆走なんて

マキ : だって一緒に死のうって!

純 : ないない、なーい

マキ : 純!

純 : お前を死なせるようなことしないよ

マキ : …!

純 : スリル満点だったろ?

マキ : うるさい…



【間】

 



マキ : …いつも私ばっかり…

純 : …ま、良かったじゃん、仕事も続けられそうでさ。

   ちょっと気になってたんだよな、だから、話聞けて安心したよ

マキ : あっそ

純 : (笑う)…何、また泣いてんの?

マキ : 泣いてないし!!

純 : しーっ

マキ : くそう…!

純 : 看護師さんに怒られますよう~

マキ : もういい、帰る

純 : ああ

マキ : また来るから!覚えてなさいよ!ふん!

純 : マキ

マキ : なによ

純 : …もう来るな

マキ : え?

純 : もうここには来るな



【間】

 



マキ : …なんでよ

純 : …

マキ : ねえ、なんでよ

純 : …多分俺、ちょっと弱るからさ

マキ : 治療で?

純 : そ。だから、…あんま見られたくない

マキ : …

純 : そんな顔すんなって

マキ : だって…会えなくなるなんて

純 : 治ったら会えるさ

マキ : それでも…やっぱり私、何もできないままじゃん!

   純が苦しい時に、私、なんにも…

純 : …

マキ : …私に、何かさせてよ…



【間】

 



純 : そうだな…マキにできることかあ

マキ : …

純 : じゃあ3年後の今日、あの展望台で会おう

マキ : え

純 : 3年も経てばまあなんとかなってるだろ。だから、3年後の今日、忘れんなよ

マキ : 3年も?

純 : そ

マキ : 3年も、純に会えないの?

純 : …悪いな

マキ : …

純 : 大丈夫だって

マキ : …

純 : …そしたら俺も頑張れる

マキ : …

純 : …

マキ : …風呂

純 : あ?

マキ : 3年後の今日!風呂に連れていけ!

純 : …風呂って、スーパー銭湯?

マキ : そう!命の洗濯するんだ

純 : (笑う)何、行きたかったの?

マキ : 行きたかった!

純 : (笑う)わかったわかった、風呂な

マキ : 純!

純 : ん?

マキ : 絶対約束

純 : おう、…約束だ



【3年後、八景山の展望台、マキが夜景を見ている】

 



マキ : で、3年が経ったわけですよ。こんな夜に一人で夜景とかさ、何の罰ゲームかっての。

   しかもここまで歩きですよ!…そりゃ途中までタクシー使ったけどさ。でも歩き!遠足かっての。

   いつまで待たせんだよあの野郎、帰るぞー!さっさと来ないと帰っちまうぞー!



【※次の台詞は、純役の演者さんに言うか言わないかお任せします】

 



純 : よう、待ったか?

 



【マキ、星空を見つめたまま】

 



マキ : …遅いんだよ、ばーか

 



(劇終)



BGM 矢野真紀「夜曲」

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