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声劇(こえげき)の夜完全版

作 : 揚巻

 

(♂3 : ♀2 : 不問1)

♂ハジメ:高校2年生の男の子。マイペース。(劇中劇:アレン・夏樹)
♂コウスケ:ハジメの親友。巻き込まれ型。(劇中劇:ライナス・知明)
♂父:ハジメの父。サラリーマン。穏やか。(劇中劇:ジークヴァルト・ナンパ男)
♀母:ハジメの母。おっとりだが、以外と勝気。(劇中劇:イザベル・寿々子)
♀キョウコ:ハジメの妹。全般的にツッコミ担当。(劇中劇:ティナ・美羽)
♂♀モモ:飼い犬。声劇好き。しっかりもの。(劇中劇:サスキア・N・先生)

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<声劇メモ>
・犬のモモは劇中要所要所で登場しますが、他の家族にとってはワンワンと吠えているにすぎません

・会話劇ですので、間は自由にとってください。
・アドリブも大丈夫ですが、演者同士意思の疎通がとれる範囲でお願いします。
・言い回しや語尾は変えて頂いて大丈夫です。

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ハジメ: ただいまー!……(家の中を窺う)…よし!誰もいない!!おっしゃ!!

 

【奥から飼い犬のモモがワンワンと吠えながらハジメに駆け寄ってくる】

 

モモ: ハジメちゃん、おかえりなさい!

ハジメ: お、モモ出迎えか?よしよーし!

 

【ハジメ、モモを撫でまくる】

 

モモ: ご機嫌ですねぇ、ハジメちゃん!

ハジメ: モモ!今夜はうちで劇ができるんだぜ!しかも思いっきり!!
     コウスケも呼んでるし…はあ~楽しみだなあ!!

モモ: わあ!良かったですね!いつもはパパさんやママさんに見つからないように
    ドキドキしながらやってましたからねえ。
    でも今夜は!のびのび声劇できるわけですね!

ハジメ: お!そんなに吠えて、オマエも喜んでくれるか!
     ありがとよ!モモ!

 

【ハジメ、時計を見る】

 

ハジメ: …っと、もうこんな時間か。コウスケがきちまうな。
     さて…準備するか…!
     父さんも母さんも遅くなるって言ってたし、
     キョウコも遊びに行ってるから今夜はフラグなし!
     くぅ~どんな役でもできちゃうなぁ!!!

モモ: 楽しみにしてますよ!ハジメちゃん!

ハジメ: あはは!ダイジョブだって!
     おまえのメシは忘れてないからな~!
     今日はスペシャル缶開けてやるから
     おとなしくしてろよ~~!

モモ: おほ!スペシャル缶!

ハジメ: …ま、オマエは不思議と劇中吠えないんだよな。
     劇してるってわかってんのかな…

モモ: 空気は読みますよ!ご安心を!

ハジメ: よっし!さっそくマイクの準備だ!
     終わったらメシの支度してやるから、
     1階でおとなしく待ってるんだぞ~モモ!
     そして、その後は…
     めくるめく!声劇の時間!!ひゃっはーい!

 

【ハジメ、2階の部屋へ上がっていく】


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

モモ: (私のご主人、ハジメちゃんは高校2年生の男の子です。
    最近お友達のコウスケくんと一緒にインターネットを使って声だけで劇をする
    「声劇」というものに夢中なのです。
    夜な夜な、モモの散歩~と言いつつ、コウスケくんの家に行っては「声劇」をしています。
    私としましては、散歩の時間が削られるのは物足りないのですが、
    ハジメちゃんとコウスケくんが色んな役をしているのを聴いているうちに、
    すっかり「声劇」についても詳しくなってしまいました。
    なので、最近の私はハジメちゃんが「サンバン」という休憩時間に
    コンビニで買ってきてくれるおやつジャーキーをいただきつつ、
    毎晩声劇を拝聴するモモ@(アット)リスナー犬でなのであります)

モモ: …にしても、ハジメちゃん嬉しそうで良かったですねぇ……って、あれ??


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【父、母、キョウコ、庭から登場】

 

父: …上がったか?

母: ええ、お父さん。部屋に入ったみたいよ。

キョウコ: っていうか、お兄ちゃん独り言多すぎ。

モモ: あれ?みなさん!お出かけだったのでは?!

キョウコ: モモ、しーーーっ!!お兄ちゃんに気づかれちゃう!

母: あの子が庭に来たらアウトだったわねえ。

父: うむ。部屋にまっすぐ行ってくれて助かった。

キョウコ: にしてもさあ、お兄ちゃんのサプライズ誕生パーティとか…
      父さんも母さんもホントそういうの好きよね。

母: だって最近、誕生日に家にいないんですもの。…お友達とナントカ~って

父: だから今年は早めにゴリ押しで祝ってやろうとな。

キョウコ: ゴリ押しって…

母: でも!サプライズって嬉しいものよ!
   私だって…ねぇ、お父さん…

父: サプライズプロポーズの話かい?母さん…

キョウコ: それ、長くなるヤツでしょ、やめて。

母: キョウコは付き合いが悪いわね。

父: 付き合いが悪いと彼氏できないぞ。

キョウコ: 大きなお世話!!

父・母: しーーーーっ!!!

キョウコ: くっ…

モモ: (えっと、つまりみなさん、今からハジメちゃんの誕生パーティをやるわけですか…)

父: さぁ、ハジメが部屋から出てくる前にパーティの準備をしてしまおう。

母: 料理はある程度できてるし、静かにセッティングするわよ~

キョウコ: ま、大丈夫じゃない?お兄ちゃん部屋に入ったら最後、呼んでも出て来やしないし。
     どうせヘッドホンして大音量でエロアニメでも見てんでしょ

モモ: (ヘッドホンは確かにしてますがエ…エロアニメではなく劇です!
    声劇をリスしてるんですよう!今だってマイクテスト中で…!
    って!そうじゃない!…ど、どうしましょう。
    このままハジメちゃんが劇を始めて、
    それを知らないみなさんがサプライズで部屋に飛び込んだりしたら…
    劇中に親フラ(※)になってしまいます!!
    …なんとかしてハジメちゃんに知らせないと!)

 

【モモ、ダッシュで2階へ駆け上がる】

 

キョウコ: あ!モモ!上に行っちゃだ、め…!…って、行っちゃった。

母: 大丈夫よ、モモ喋れないし。

父: モモが来たからといって、ハジメがこっちに気付くことはないはず。さぁ、準備だ!!

母・キョウコ: しーーーーーっ!!


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハジメ: …よし、これでマイクテスト完了だ。
     あー!すげえテンションあがってきた!!
     コウスケくるまえに1本、やっちまうか?!

 

【モモ、ハジメの膝に飛び乗る】

 

ハジメ: …っわ!…モモ?!

モモ: ハジメちゃん!みんなが帰って…

ハジメ: よしよーし!わかってるってモモ!メシだろ?!
     マイクテストもバッチリ終わったし!発声練習も万端だ!
     あとは夢のような劇の時間が待ってるんだ…ぐふふ…
     モモもスペシャル缶食って準備しようなー、ほら、おいでー

 

【ハジメ、部屋の外に出ようとする】

 

モモ: (あっ!…い、いまリビングに行ってしまったら、
    家族が帰って来てることをハジメちゃんが知ってしまいます…)

ハジメ: どうした?モモ?おいでー

モモ: (こんなに嬉しそうにしているハジメちゃんが、
    今夜劇できないと知ったらきっとがっかりします…こ、ここは…!)

ハジメ: モモ?

モモ: グ、Zzz…

ハジメ: え…えっ?寝た?唐突に?!

モモ: (その場しのぎなことは重々承知ですが!
    せめて1本位は劇させてあげたい…!きっとそれくらいの時間ならあるはずです!)

ハジメ: モモー…?
     …劇が始まると思って寝ちまったかな…
     コウスケんちでもそうだもんなぁ。
     ……
     えっと…、確かここに買い置きの…っと…あったあった、
     (小声で)モモー、おやつジャーキー置いとくぞー…
     ごめんなあモモ。オマエの散歩を理由にしてコウスケと劇ばっかりしててさあ

モモ: (ハジメちゃん…、私はハジメちゃんの楽しい声を聴いてるだけで嬉しいんですよー…

    ……って!
    今はほんわかしてる場合じゃないです!
    どどどどどうしましょう!!
    あっ!確かハジメちゃん、もうすぐコウスケくんがくるって言ってました!
    コウスケくんだったらなんとか説明してくれるかもしれません!!!
    コウスケくん!早く来てくださああああい!!)

ハジメ: …モモも寝ちまったし、
     …と、なると…
     このまま1本やっちまいますかね!!フッフー!!

モモ: (ああ、どうか1本目は声を張らないモブ寄りで…)

ハジメ: いやあ、言ってみるもんだなぁ、
     今日はがっつり劇できるぜ!ってみんなに言ったら
     今夜は俺主役デーにしてくれるとかさあ!持つべきものは仲間だぜ!

モモ: (ああ、絶望的!)

ハジメ: んじゃあチャットすっか!…そ、ろ、そろ、やりますか、っと!

モモ: (…どうか、家族のみなさんに聞こえませんように…)

ハジメ: それでは、「二代英雄紀 第5章 ~簒奪(さんだつ)前夜~」開始まで、3、2、1…

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

N: 先の戦いで敗北を喫した王国軍は、大将ジークヴァルト・シュバリィーの指揮の元、
   僅かに残った兵を率いて王国へと戻った。憔悴しきった隊の中、
   アレン・シュバリィーは終始顔を上げぬまま、馬上にいた。
   ジークヴァルトは王城に着くと隊を解散し、一人、謁見の間へと向かう。
   その背に、アレンが声を荒げた。

 

アレン: 父さん…!なぜ俺を連れていかないんだ

ジーク: 敗戦の責は大将である私にある

アレン: 違う…!俺が父さんの命令を遂行しなかったからだ!

ジーク: それも含めて、私の責任だ。…お前は兵舎に戻っていろ

アレン: 父さん!

ジーク: シュバリィー中尉…私はシュバリィー大将だ、…王宮内では言動に気を付けろ

 

N: ジークは振り向きもせず去っていった

 

アレン: なんだよ…ちくしょう…!

ライナス: アレン様

 

N: アレンが振り返ると、ライナスとティナが立っていた。
   二人の心配そうな面持ちが、アレンの神経を逆撫でる。

 

アレン: 何の用だ…

ライナス: お父上は本心で思われているのです、今回の敗北は自身の采配が至らなかったせいだと

アレン: 至らないのはシュバリィー大将の采配ではなく、その馬鹿息子の方だろ

ライナス: アレン様!

アレン: お前は大将付きの相談役だろう!俺にかまうな!

ティナ: じゃあ私が言うわ!私は、アレン様付きの相談役だから!

ライナス: ティナ…

ティナ: いつまでもグズグズグズグズ!負けたのが自分の責任だって思うんなら、
     次はこうならないようにって気持ちを切り替えなさいよ!同情して欲しいわけ!?

アレン: なんだと…!俺のせいで何人の兵が無駄死にしたと思ってる!

ティナ: 3000よ!

アレン: くっ…

ティナ: だけど、みんなはアレン様を信じてその命を賭した。たとえ敗北したとしても、
     その想いを汲み上げ、応えることがあなたが為すべきことではないの?

アレン: …

ライナス: 戦というものは、何かしらの犠牲を伴います…。それは敵軍も同じこと。
      本来は、戦わずして和解の道を選べればそれこそが民の幸せでありましょうに…
      ジークヴァルト様も、英雄と呼ばれながもその民を救えなかったことに、
      憤りを感じておられることでしょう…

アレン: その英雄の名を否がおうにも継ぐ運命(さだめ)におかれた俺はどうだ…

ライナス: アレン様…

アレン: ひとりにしてくれ…

ティナ: アレン…

 

N: 追おうとするティナの肩を掴み、ライナスが制する。

 

ライナス: 今は、おひとりにしよう

ティナ: …はい

 

N: 城門の前でアレンは王城を見上げた。明るい日差しが白亜の王宮を照らす。
   鳥が歌い、まるで戦など夢であったような錯覚を覚える。アレンは羽ばたく小鳥を見つめながら呟いた。

 

アレン: サスキア…どこにいるんだ

 

N: 謁見の間。白銀の甲冑を身にまとった兵が両側に並び、中はしんと静まり返っている。
   ジークヴァルトは膝を折り、頭(こうべ)を垂れたままじっとしている。
   遠くから、甲高い足音が近づいてくる。それはドア越しにも広間中に響く音であった。
   重厚な音を立て扉が開き、王妃イザベルが現れた。伏せたままのジークヴァルトを一瞥し、
   王妃の玉座へ腰をおろす。

 

イザベル: ジークヴァルト、面を上げよ

 

N:ジークヴァルトはゆっくり顔を上げた

 

イザベル: …よくぞ戻ってくれた。無事で何よりだ

ジーク: 王妃様、国王陛下よりお預かりし兵を3000も失う結果となりました。
     敗戦の責は全て私にあります

イザベル: 確かに、民の命は何物にも代え難い…。それが3000も失われてしまったことは
      哀惜(あいせき)の念に堪えぬ…だが、たとえ僅かであろうとも、兵が帰還したことは
      陛下も病床で心よりお慶びになっておられる

ジーク: かようなお言葉、勿体のうございます

イザベル: 暫しゆっくり体を休めよ。…次の戦に備えてな…

ジーク: 次の…戦…、王妃様…それは…!

イザベル: 陛下は進軍を諦めてはおられぬ。機を窺い、隣国ラーサを攻め落とす…!

ジーク: ラーサを…

イザベル: ラーサは二国間同盟を交わしながらも、密かに戦の準備を進めておる。
      それを黙認しておれば、更なる犠牲が出るのは必定。そうなる前に、
      こちらが打って出る!…陛下はそうお考えだ。

ジーク: …

イザベル: 期待しているぞ、『英雄』ジークヴァルトよ…

ジーク: …はっ

イザベル: 下がれ

 

N: ジークは謁見の間を退出した。王妃はそれを見届けると右手を払う。
   広間にいた甲冑の兵たちは重々しい金属音をあげながら行進し、広間を下がった。

 

イザベル: …サスキア

サスキア: …おそばに

イザベル: 3000もの民草が死んだのは、彼奴の息子のせいと聞いたが真か?

サスキア:はい

イザベル: (笑う)愚息は何をしでかすかわからぬものよのう

サスキア: …

イザベル: 戦で犬死されなかったのは一番の幸いだ。
      名誉の戦死を遂げられた日には何の戦績も戦果もない男が
      英雄の子というだけで第二の英雄になりかねん。

サスキア: …

イザベル: 英雄の愚息は、英雄に相応しくない最期を遂げねばな…

サスキア: はい

イザベル: 冥府への道案内をしておいで…。サスキア、お前にならできるであろう…?

サスキア: …御意、『女王陛下』

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

キョウコ: ん?

母: どうしたの?

キョウコ: いや、なんか、聞こえない?

父: なにも聞こえないぞ

キョウコ: いや、なんか聞こえるって、2階から。
      お兄ちゃんかな…
      お母さん、ちょっと下から聴いてみてよ

母: …盗み聴くようで、気がひけるわねえ…


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【母、階下で2階をうかがう。するとハジメの怒号が聞こえてくる】

 

ハジメ: 俺にっ…死ねっていうのか!
     信じていたのに…
     ああ、いいさ!死んでやるよ!!!!

母: 死っ!!!!

キョウコ: 母さん?

母: ハ、ハジメが死んでやる…って!

父: な、なんだって!!!

キョウコ: ちょっとマジ!!?

母: わ、私、ハジメの部屋に…!

父: か、母さん待ちなさい!刺激してはいけない!!

母: だけどお父さん!

父: ハジメは話せばわかる子だ、
   お、落ち着いて話し合えばわかってくれるさ。
   だが、ここでいきなり部屋に飛び込んだりしたら
   興奮して何をしでかすかわからない。思春期とは、そういうものなんだ。

母: お父さん…

キョウコ: 思春期関係ある?

父: 大丈夫だ、私がハジメと話そう。
   母さんもキョウコも、下で待ってなさい


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハジメ: ふー!やっぱかっけーな!
     今人気のファンタジー台本「二代英雄記」!
     特にこの、父親と言い争うシーンがまたいい!
     英雄として崇められる父、反してイマイチ不甲斐ない息子。
     ウチとは逆だな…うんうん。
     英雄の子という重責に耐えかねたアレンの熱い叫び!!
     いつもは声張れないからできなかったけど、
     今日は気にせずいけるぜ!
     …おっと、そろそろ出番だな。ヘッドホンつけて…っと。

モモ: (いやあ、いいですねえ。ハジメちゃんの熱演!最高ですね!もぐもぐ。)

 

【ノック音】

 

モモ: はっ!

父: ハジメ、今、いいか?

モモ: (す、すっかりみなさんがいること忘れて聞き入ってました!
    は、ハジメちゃんは……気付いてない…
    ど、どうしましょう!親フラになっちゃいます!!)

父: ちょっと、父さんと話をしないか?
   ……
   …ハジメ?

ハジメ: 今更、話すことなんてない!

父: …ンがっ!い、いまさら?

ハジメ: わかるか?俺の気持ちが…
     ずっとずっと、この名の意味に、その重みに耐えてきた…
     俺の気持ちがっ!!

父: 名前の、意味…!……す、すまない、ハジメ…。
   初めての子だったから「ハジメ」と名付けたことが
   そんなにもお前を苦しめていたのか?
   いや、そうだよな…、父さんが次男だったからという理由だけで
   「ジロウ」とつけられた辛さをお前にも味あわせてしまった…すまない、ハジメ…

 

【階段下の二人】

 

キョウコ: …父さん、何の話してんの?

母: …キョウコ、静かにっ!

父: だが!父さんはお前を大事に思ってるぞ!
   ハジメという名前がそんなに重いなら、改名しても構わない!
   父さんはお前が生きていてさえくれれば、それだけでいいんだ!!

ハジメ: 父さん…アンタの背中は俺には大きすぎるんだ。
     俺には、父さんみたいな英雄になれる自信が…ない…

父: ハ、ハジメ…!私のことをそんな風に…
   課長補佐からなかなか課長になれない、中年リーマンだというのに、
   それでも、私の背中を…大きいと…言って…くれるのか…
   くっ…うううっ…!

 

【父、泣きながら降りていく】

 

モモ: (ああ、なんたるタイミングの良さ。
  パパさんは誤解されたまま戻られてしまいました)


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【階段下】

 

キョウコ: …ちょっと父さん、お兄ちゃんと何の話してたの?

父: 母さん、ハジメは、ハジメは…

母: お父さん?

父: 私の背中を…大きいと…英雄のようだと…!

母: ああ、ジロウさん…

キョウコ: ねえ、聞いてる?

 

【コウスケ、窺いながら登場】

 

コウスケ: あの…

キョウコ: きゃあ!!!!

コウスケ: っわあ!!!

母: コウスケくん?

コウスケ: あ、こんばんは……えっと、あの、今日はみなさんお出かけだったんじゃ…
      って…おじさん、何かあったんすか?すげえ泣いて…

父: コウスケくん!ハジメが!私のことを英雄だと!

コウスケ: はい?

キョウコ: お父さん、話大きくなってる。

母: と、とにかくここだとハジメを刺激してしまうから、いったんリビングに戻りましょう!

コウスケ: ハジメを?刺激?

キョウコ: お兄ちゃん、死にたいんだって。

コウスケ: はあああ???


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハジメ: はあー!!!
     やべえ!ちょっと熱くなりすぎちゃったな!
     ずーっとやりたかった「二代英雄記」だもんな。
     …っと、まさか誰か帰ってきたりは…

 

【ハジメ、ヘッドホンをはずして耳を澄ませる】

 

ハジメ: うん!静かだ!大丈夫だな!!
     いいかーモモ、誰か来たらちゃんと膝トントンして教えるんだぞー

モモ: (既に全員おります、の場合はどうしたらいいでしょう…)

ハジメ: さて、次の台本はなにになるのかなー。
     いやあ、のびのび劇できるって最高!!!
     …ま、俺としてはーいつもならこっぱずかしくてできない
     恋愛台本とかもぉーちょっとぉーやってみたかったりしてぇーーー!
     「僕たちのやるせない事情」とか!!

モモ: (ふぅ…恋愛物なら、さっきほど荒ぶることは…
    …って、今ハジメちゃんが言ってた「僕やる」って確か、
    血の繋がっていない兄妹、の恋愛、劇…)


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

母: …というわけなの、コウスケくん

コウスケ: 二代英雄記だな…

母: え?なあに?

コウスケ: あ!いえ!何でもないです!!

父: ハ、ハジメが私のことをそれほど尊敬していてくれていたなんて、コウスケくん、私は嬉しくて…うう…

コウスケ: あ、そ、そっすね…

キョウコ: でもさー、お兄ちゃんが死にたいと思ってる現状は今も変わらないままなんでしょ

母: !…お父さん!!キョウコの言う通りよ!ど、どうしましょう

父: しかし、ハジメが私を尊敬している以上、
   私に心を開いてはくれまい…。
   偉大な父を許してくれ、ハジメ…


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハジメ: それでは、「ぼくたちのやるせない事情 第3話」開始まで、3、2、1…

 

【午後の公園、木陰にあるベンチに、夏樹と寿々子が座っている
夏樹に話しかける寿々子は楽しそうにしているが、反面、夏樹はぼんやりしている】

 

寿々子: それで、その時見つけた水着がね…、…夏樹、聴いてる?

夏樹: え…

寿々子: もう…

夏樹: ごめん、何だっけ…

寿々子: …夏合宿の話

夏樹: ああ、そっか…今年は海だったね

寿々子: うん…、だから色々準備しておきたくて

夏樹: 買い物だろ?いつ行くの?

寿々子: 来週、いつ空いてる?

夏樹: えっと、来週は…

美羽M:(―― 来週、お母さん帰ってくるって)

夏樹: …

寿々子: …だから、火曜に……、夏樹?

夏樹: あ…

寿々子: …(溜息)…もういい

 

【寿々子、立ち上がる】

 

夏樹: おい、スズ…

寿々子: もういいって…私の話、全然聞いてない

夏樹: …ごめん

寿々子: ねえ…

夏樹: ん?

寿々子: 私たち、付き合ってるんだよね?

夏樹: …ああ

寿々子: …何考えてたの?

夏樹: …

 

【寿々子、夏樹を置いて立ち去る】

 

夏樹: 付き合ってる…か…

 

【中ノ瀬高校、夏期講習を終えた教室で、知明と美羽がいる】

 

知明: こうも夏期講習ばっかりだと、夏休みって感じがしないなー

美羽: そうね、でも来年の夏休みはもっと大変だと思うよ

知明: あーあ、せめて今年の夏くらい有意義に過ごしたいもんだよ

美羽: ぼやかないの、今週までの辛抱でしょ

知明: まあね…ところで、来週からはなんか予定ある?

美羽: え?

知明: 有意義に過ごすために、どっか行かないか?

美羽: …夏樹に聞いておくね

知明: 夏樹先輩…か

美羽: 何?

知明: 二人で行かないか?

美羽: …

知明: 二人で…話したいことがあるんだ

美羽: 話したいこと?

知明: ああ

美羽: 今じゃダメなの?

知明: …ちょっと勇気がね

美羽: え?

知明: …でも、そうだな…

美羽: …

知明: 美羽…

美羽: …なに…

知明: 俺…美羽のこと…

 

【教室のドアが開く】

 

先生: あ?…おいおい、まだ残ってたのか?

美羽: あ…

先生: お前らがいると第二校舎閉められねえだろーこっちは帰りたくても帰れねーんだよ、ったく

知明: デートっすか?

先生: うるせえ。続きはどっか他のとこでやれ

知明: 美羽、場所変えようか

美羽: …私、帰るね。夏樹が待ってるから

知明: そっか…、じゃあまた明日

美羽: うん、またね

知明: 先生、さようなら

先生: 寄り道すんなよ

知明: さっきは別のとこでやれとか言っておいて…

先生: ああ?なんだよ?

知明: ナンデモアリマセーン、先生、デート頑張ってね

先生: うるせえ

 

【美羽、知明に笑顔で手を振る。知明、美羽に優しく笑いかけ、教室を出て行く】

 

美羽: あ、先生、3年生はまだ講習中ですか?

先生: 3年?とっくに終わってるぞ

美羽: え、そうなんですか?…私も帰ります!

先生: おい。気を付けて帰れよ、最近変なのがうろついてるって聞いてるからな

美羽: はい!兄がいるから大丈夫です。先生、さようなら!

 

【美羽、教室を出て行く】

 

先生: …夏は何かがおきる季節…はあー若いっていいねえ

 

【公園に入る美羽、男とぶつかる】

 

美羽: あ…!すみません!

ナンパ男: お、カワイイ…!ねぇねぇー!学校帰り?

美羽: え…

ナンパ男: その制服、中ノ瀬高校だろ?カワイイね…

美羽: …あの

ナンパ男: 俺さあ、君みたいな清純そうな子、すっげえこのみ

美羽: …通してください!

ナンパ男: 今日暑いしさー!どっか涼しいとこ行かない?奢っちゃうよー!

美羽: 待ち合わせてるんで…!すみません…!

ナンパ男: えー!いいじゃん!行こうよ…悪いようにはしないから…

美羽: …やだ…!

 

【夏樹が走ってくる】

 

夏樹: おい!!

ナンパ男: ああ?

美羽: 夏樹…!

夏樹: てめえ、触んな

ナンパ男: 誰だよ

美羽: …彼氏です!!

夏樹: …!

ナンパ男: んだよ、男知ってんのかよ

夏樹: この…!

ナンパ男: はいはい、すみませんでした~!じゃあね~!

 

【ナンパ男、ふてぶてしく去る】

 

夏樹: 美羽…

 

【美羽、夏樹の腕にしがみつく】

 

夏樹: …!

美羽: 怖かった…

夏樹: 大丈夫だよ

美羽: うん…夏樹がいれば…

夏樹: え…

美羽: あ…

夏樹: 美羽…俺…


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

母: コウスケくん、ハジメと話してくれない?

コウスケ: あ、はい!じゃあ俺が…

キョウコ: 私がいくわ

コウスケ: え?あれ?

母: キョウコ?

キョウコ: だって、もしかしたらお兄ちゃん学校でイジメにあってるかもしれないじゃない。
      いくらコウスケくんが親友でも、親友だからこそ打ち明けられないことだってあるわよ。
      だから私がいつもみたいに話しかけてみる。

父: …いつもみたいに、って、殴ったりするなよ、キョウコ。
   今のハジメは感情的になってるんだ。いいな

母: 蹴ったりしてもだめよ、キョウコ

キョウコ: 部屋の中にいるんじゃ、無理でしょ

コウスケ: 外だったらやるんだ

キョウコ: なに?

コウスケ: なんでもないです!

キョウコ: とにかく、行ってくる。ノーテンキなオタク兄貴のくせに死にたいとか何様よ

コウスケ: ハ、ハジメぇ…


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【ノック音】

 

キョウコ: ちょっと、お兄ちゃん。中でなにしてん…

ハジメ: …話があるんだ

キョウコ: お、びっくりした…聞くからさ。中入っていい?
      お兄ちゃんが死ぬんじゃないかって父さんも母さんもすっごい心配して…

ハジメ: ずっと、悩んでいたんだ

キョウコ: …なによ。オタクだからいじめられてんの?だったら学校に…

ハジメ: 俺はもう君を、妹としてはみれない…

キョウコ: ………は?

ハジメ: ごめん。母さんから君が本当の妹じゃないって聞いた時から、
     ずっと、俺は、君のことが…

キョウコ: ちょ!!ちょっと!!なにいってんのよ!!!!!

ハジメ: 好きなんだ

キョウコ: はぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!????

ハジメ: 抱きしめていいか…?

キョウコ: ちょ!!!!!!!無理!!
      なにいってんの!わけわかんないし!!!!
      ばかじゃないの!!!!!!無理!!!むりーーーーーー!!!

 

【階下へ走り去る】


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

モモ: (…ああ、またしてもナイスなタイミング…
    息のあった掛け合いでございました、としかもう言えません…もぐもぐ…)

ハジメ: …モモ!…今のどうだったよ?
     俺のシリアスな演技!なーんてお前に言っても仕方ないよなー!
     いやー!にしても相手役の演者さん!!かわいかったああああ。
     うちのキョウコとスゲー違い!もしキョウコが実の妹じゃなくても…
     ないわー!ないっ!!!!なー!モモ!!

モモ: (ああ…、今頃下ではどうなっているのか…)

 

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【リビング】

 

キョウコ: しらない!!!!あんなやつ!しらない!!!!!

父: キ、キョウコ、落ち着きなさい!いったい何を言われたんだ?!

キョウコ: なにとか!しらない!とにかく無理!
      ありえないから!!なんなの!あのバカ兄貴!!!

母: そ、それで、ハジメはまだ死のうとしてるの?!

キョウコ: あんなバカなこと言うヤツが死ぬわけないでしょ!
      ホントにバッカじゃないの!!!

コウスケ: …えっと、なに、言われたの、キョウコちゃ…

キョウコ: とにかく無理だから!!!ありえないから!!!!
      これ以上聞いたら蹴るわよ!?

コウスケ: あ、スミマセン…

母: …ふふ、なんだかキョウコを見ていたら、
   私たちが付き合ってた頃の喧嘩を思い出すわねえ、ジロウさん…

父: そうだね、シズカさん…
   キョウコの足蹴りはシズカさん譲りだね。もっともシズカさんの方が急所を狙うのは上手かったが…

母: やだ、ジロウさんったら!

キョウコ: …あのさ

母: ん?なあに?

キョウコ: お兄ちゃんって、お母さんのホントの子供?

母: え?!

父: 突然何言うんだ、キョウコ!

キョウコ: 気になったから聞いただけ。…ねぇ、お兄ちゃんと私って、ホントの兄妹?

母: ど、どうしてそんな馬鹿なこと聞くの!キョウコ!

キョウコ: お兄ちゃんがそう言ってたから!!さっき!!!
      私が本当の妹じゃないってお母さんから聴いたって!

コウスケ: 『僕たちのやるせない事情』…

キョウコ: 何?!コウスケくんも何か知ってるの?!

コウスケ: へっ?!いや!知らない!!

キョウコ: だって今、なんか事情って言ったじゃない!!

コウスケ: 知りません!独り言です!!!!

キョウコ: 紛らわしいのよ!!!!

コウスケ: ごめんなさい!!!!!!!!

父: ハジメが本当にそう言ったのか?

キョウコ: 言ったの!すっごいクソ真面目な声で!…ねえお母さん、
      どっちがお母さんの子供じゃないの?お兄ちゃん?それとも私?

母: 何言ってるの!!!キョウコもハジメも私の子です!!!!
   お父さんもキョウコに何とか言って下さい!!!

父: ハジメもキョウコも…母さんの子だ…

母: ほら!お父さんもそう言ってるでしょ!!

父: …しかし、私の子なのか?母さん…?

母: はい?????

父: …母さんは私と結婚する前…すごく、モテた…
   母さんのこと好きだって言ってた、ラクビー部の
   キャプテンいただろう???…シズカさんは本当はアイツが…?

母: ジ、ジロウさん…!怒りますよ!!!

父: …お、おかしいと思ったんだ、
   あんな男前に言い寄られていたというのに、
   私みたいな…演劇部のモヤシの告白に応えてくれたのが…
   ああ、シズカさぁん…ハジメはアイツの子なのか…

コウスケ: おじさん、演劇部だったんだ…

母: あなた以外とは付き合ってません!!!
   つまりなんですか?!あなたと結婚したあと、
   あの汗くさい筋肉馬鹿と不倫していたと?!!!

コウスケ: おばさん、その言い方はちょっと…

父: じゃあなんで、私みたいなモヤシと結婚してくれたんですかあ…前から、それが、不思議で…

母: 好きだからに決まってるでしょう!!!
  いつもはおどおどしてるのに、舞台に立ったあなたが、
  ジロウさんが…素敵だったから…こんなこと今更言わせないでよ!!

父: シズカさん…!じゃあ、ハジメは私の子なんだね、
   信じていいんだね!!!

コウスケ: 演劇好きなところ、しっかり継いでますしね。

母: ハジメもキョウコも、あなたの子です!!

父: シズカさぁん!!!!

キョウコ: …じゃあなんで、お兄ちゃんあんなこと言ったわけ?血がつながってないって。

父: キョウコの聞き間違いじゃないのか?

キョウコ: 言ったわよ!血がつながってないって!
      ずっとわ、わた、私がすっ好き、だっ……って!ばっかじゃないの!!

父: す…き…とは、…ハジメがキョウコをか?!

キョウコ: ばっかじゃないのーーー!!!!!!!!!!!
      とにかく!!私もう知らないから!
      あとは父さんと母さんで話せばいいでしょ!!!
      じゃあね!!!!!!

 

【キョウコ、家を飛び出す】

 

父: キ、キョウコ!!!

コウスケ: キョウコちゃん?!!

母: お父さん、ハジメの言動は普通じゃないわ

父: 死にたいとか、キョウコが好きだとか

母: ジロウさんの背中が大きいとか…

父: そこも正常ではないのか…

母: 救急車を呼んだ方がいいのかしら…

父: 警察は、さすがになぁ…

コウスケ: あの!!!!!!!!!!!!!!!!!!

父: わ!!!ど、どうしたんだ、コウスケくん!

母: どうしたの?

コウスケ: あいつが、今おかしいのは…って、
      おかしくなってるわけじゃないっていうか…
      いや、おかしくなったりとかじゃないんで、マジで。

母: コウスケくん、あなた何か知ってるのね?!

父: 知っているのなら、はっきり言ってくれ!

母: 何を聴いても、私たちはあの子をちゃんと受け止めるから!

コウスケ: つまり、その…別におかしくなったとかじゃなくて、
      一時的に、そうしてるっていうか、演じてるっていうか…

父: 演じてる?

コウスケ: (そうか!おじさんなら演劇部だからわかるはず!)
      おじさん!アイツは今、劇を…げ、劇中なんですよ!!!!!!!

母: げき、ちゅう…?

コウスケ: そうです!おじさんなら、わかりますよね!劇!中!!

父: 劇…、中…

コウスケ: はい!

父: 劇……物、中毒…?

コウスケ: ちょ…!

母: 劇物って…つまりは薬物的なものですか!お父さん!

コウスケ: いや、あ、あの…

父: まさか、自分の子が、そんな、ことに、なる、とは。

コウスケ: おじさん!違うって!薬物とかじゃなくて!

母: あの子は今、ハジメじゃなくなってるのね!
  夢をみて、違う自分になってしまってるのね!

コウスケ: それはあながち間違ってない!
      …いや!そうじゃなくて、とにかく!ハジメは薬物なんかに
      手を出したりしてませんから!

父: …やめさせよう

母: お父さん!

父: 話せばわかるはずだ。ハジメは頭のいい子だ。
   ちょっと内気なところはあるが、正直な、いい子なんだ。
   母さん、…いってくるよ

母: お父さん…私も行きます!

父: …わかった、一緒に行こう

 

【父、母、2階へあがっていく】

 

コウスケ: …おじさん!おばさん!俺も行きます!!!


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハジメ: …なんか、今日すっげーツイてるかも、俺。
     まさか、あの大好きな演者さんと一緒に劇できるなんてさ!
     すっごいうまいんだよな、あの人。
     声もいい、演技も上手い!雑談だって話題豊富で
     ニッコリ放送でも大人気だし!
     俺もあんな風になれたらなあ…
     だからせっかくのこの機会!!
     あの人の演技を聴いて勉強してやるぜ!!な!モモ!!!

モモ: (私はさっきから、下があまりにも静かなのが気になってます…)

ハジメ: よし!録音の許可ももらったし、ばっちり聴くぜ!!!!!

モモ: (それにしても、ハジメちゃんは本当に声劇が好きなんですねえ。
    上手くなりたいって一生懸命で。そういうの本当に素敵です)

 

【ノック音】

 

モモ: ……!

父: ハジメ、話があるんだ。

母: ハジメ、お願い、ここを開けて

コウスケ: う、うぉーい、ハジメぇ…

モモ: (ま、またみなさんが!しかもコウスケくん、来てるんじゃないですか!
    なんでパパさんとママさんと一緒に?!
    そして例によってハジメちゃんは…気付いてないです!)

父: ハジメ、コウスケくんから聴いたよ。お前が今、何をしているのか。

モモ: (コウスケくん!ハジメちゃんが今、劇をしていること、説明してくれたのですね!
    ああ、でもこれで、ハジメちゃんがさっき言ったこと全部が台詞の一部なんだと理解して…)

父: どうして…!薬物なんかに手を出したんだっ!!!!

モモ: (もらえてないですっ!!!!!!!)

父: どうしてそうなる前に、父さんに相談してくれなかったんだ?!
   今からでも遅くない!ここを開けて話を…

ハジメ: あー、やっぱこの役すげーわー

父: ヤク!?お、おまえ、いままさに薬を…

ハジメ: 神演者だわー、俺もこうなりてー

父: か、かめんじゃ……仮面ライダーになりたい…っておまえ、し、しっかりしろ!ハジメ!!!

ハジメ: はぁ、最高。しびれるわ~~
     あーあ、家族いなかったら、ずっとこんな風にやれるのになあ…

コウスケ・モモ: (これはもう…)

コウスケ: (だめだ…)

モモ: (だめです…)

母: ハ、ハジメ…ごめんね…

父: 母さん…

母: 最近…ハジメの様子が時々おかしいってこと、母さん気付いてた。
   隠れるように何かしてたでしょう?
   年頃の男の子だから、母さん見て見ぬふりしてたの。
   だって、ハジメが悪い事するはずないって信じていたから。
   だけど…、死にたいと思うほど苦しんでいたなんて、母さん思ってもいなくて…
   ハジメは大丈夫、ハジメに限ってって…、結局母さん、
   ハジメの苦しみに気付いてあげられなかったのね…

父: 母さん!

母: わ、私、もう…うっ…!!

 

【母、階段を駆け下りていく】

 

父: シズカさん!!!す、すまないコウスケくん!君はここにいてくれ!!!

 

【父、後を追う】

 

コウスケ: ちょ、ちょっと!おじさん!!!!!…って、どうすりゃいいんだよ…!!
      あー!ちっくしょ!!フラグとか関係ねえ!!!!
      おい!!ハジメ!!!開けろよ!!!!開けろ!!!!!

 

【コウスケ、ドアを叩く】

 

モモ: (ああああああ、何やら大変なことになってます!!!
    でももう仕方ないです!!
    ハジメちゃん!楽しんでいるところ悪いですが、膝トントンします!!!!!!)

ハジメ: っと!!
     あーモモー、あとちょっと!あとちょっとで終わるから!!な!!!

モモ: ハジメちゃん!!!大変なんですよ!!ハジメちゃん!!!

ハジメ: モモ!しーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!
     いいところなんだよ!!!

コウスケ: …ちっくしょ!なんとかしてドアを…
      どっかに開けるもんねーのかよ!!ちきしょう!!!

 

【コウスケ、ハジメの部屋の前からいなくなる】

 

モモ: ハジメちゃん!!ハジメちゃん!!!

ハジメ: あー!わかったって!わかった!!!
     よいしょっと…
     …って、なんだよ、何にも聞こえないぞー。
     モモー!誰も帰ってきてないぞー!どうして吠えたんだよー!

モモ: 今は!誰もいなくなっちゃいましたけど!
    とにかく!大変なんですよおおお!!ドア開けてくださいい!!!

 

【モモ、ドアを足でカリカリする】

 

ハジメ: あー、さては腹減ったんだなー。
     わかったわかった、忘れてた俺が悪かったよーモモー。
     とはいえ、俺も腹減ったし。コンビニで何か買ってくるか…
     じゃあチャットを…『さん、ばん貰います、コン、ビニ、に、行ってきます』っと。よし!
     モモー、俺、メシ買ってくるからさ、
     あとちょっと待っててくれよなー。一緒に食おうぜー。なー

モモ: ハジメちゃん!

ハジメ: すぐ戻るって!留守番頼んだぞー!!

 

【ハジメ部屋から出ていく】

 

モモ: ハジメちゃーーーーーーん!!!!!!
    …どうしましょう。誰もいなくなってしまいました…

 

【コウスケ戻る】

 

コウスケ: …工具は見つけたけど、
      ドア破壊するとかさすがにやりすぎ…って!え!!ドア開いてんじゃん!!!!

モモ: コウスケくん!!!!!!

コウスケ: モモ!!!どうした?!よしよし、ハジメは部屋か?

モモ: ハジメちゃん!出かけちゃいました!!!

コウスケ: よしよし、って、ハジメいねーじゃねーーかよ!!!!!
      あいつ、どこ行きやがった!!!

モモ: コンビニに!行ったの!

コウスケ: …やべ、俺マジで劇中だと思ってたけど、
      まさか、本当になんかあぶねーことやってたんじゃ…
      あんだけ騒いでたってのに、その隙をつくようにいなくなるとか
      本気で後ろめたいことがあって、逃げ出した…とか…なのか

モモ: 違います!ハジメちゃんは、そんなことしません!!

コウスケ: あいつ、どこ行ったんだよ…
      あ、ケータイ鳴らせば…!

 

【机の上の携帯が鳴る】

 

コウスケ: って!!持ってってねーのかよ!アイツ!!!!
      おいおい、ハジメぇ、お前、どこにいるんだよーーー!

モモ: どうしたら、コウスケくんに………あっ!!
    ……
    わん!わん!わん!

コウスケ: あ?

モモ: わん!
    わん!
    わん!

コウスケ: 何か、言いたいのか?でもわかんねーよ、俺…

モモ: わん!
    わん!
    わん!

コウスケ: なんだよー、何が言いたいんだよーモモー

モモ: わん!
    わん!
    わん!

コウスケ: さっきから、3回吠えて何を…って、3回?
      …もしかして、いや、まさか…
      ……
      モモ?
      ハジメは、『3番』に、行ってるのか????

モモ: そうですーーー!!!!!!!

コウスケ: 3番か!!!…となると、コンビニだな!
      とはいえ、鍵もしないで俺がでていくわけには…

モモ: 私が行きます!!!!!!!

コウスケ: モモ!?え、行くって言ってんのか?まさか… 
      …いや、ここは、モモに賭けるしかない!
      モモ!ハジメが行くコンビニ、わかるか?!

モモ: わかります!!!!!!!

コウスケ: わかってんのかわかってないのかわかんねーけど!
     メモに、『早く、もど、れ』っと。よし!
     モモ!このメモをハジメに渡すんだぞ!いいか?!

モモ: はい!!!!!!!

コウスケ: たのんだ!!

 

【モモ、コウスケが開けた扉から外に飛び出す】

 

コウスケ: よし。…あとはおじさんとおばさんにいちから説明して…
      ……はぁ…声劇知らない人に説明すんのめんどくせーんだよなあ。
      そもそもが理解されにくい趣味だし…。
      だいたい!ハジメがいないと説得力ねーんだよ!!
      早く戻ってこいよーーーーーー!!!!!

 

【父、母を連れて戻ってくる】

 

母: ……うっ、うっ…

父: シズカさん、落ち着いて…

コウスケ:(うわっ!!おじさんとおばさん戻ってきたあ!!!
      やべえ、どうしよう!ハジメいないのに!!!
      これじゃあますます誤解を生んじまう!!!
      ど、どうしたらっ…
      ……
      …くそう!!!
      い、いちかばちかっ!!!!!!)

 

【コウスケ、ハジメの部屋のクローゼットに隠れる】

 

父: シズカさん、大丈夫だ。もう一度、家族で話し合おう

母: うっ、うっ…

父: …!母さん!ハジメの部屋のドアが!!

母: えっ?!…ハジメ!!!

 

【父、母、部屋に駆け込む】

 

母: ハジメ!!

父: ハジメ!どこだ!!

母: お父さん、ハジメはどこ?!

父: ここにはいないのか…

 

【クローゼットから、ガタンと音がする】

 

母: お父さん!クローゼットの中から…

父: そ、その中にいるのか…?

コウスケ: (よし…やるぞ…)
      父さん、母さん、心配かけてごめん。

父: ハジメ!

母: ハジメ!出てきて!

コウスケ: あ、えっと、ごめん、なんかすごい心配かけちゃったから、
     は、恥ずかしくて出にくいっていうか…

父: 何言ってるんだ!出てきなさい!ハジメ!

母: そうよ!家族でしょう。一緒に、考えて…
   …うっ、ごめんね…母さん、ハジメが苦しんでいるのに
   気付いてあげられなくて…、ごめんね…

父: いや!母さんが悪いんじゃない。
   私も、ハジメの話を聞いてやれなかった。父さんにも
   言いたいことがあっただろうに。すまなかった、ハジメ。

コウスケ: …

父: ハジメ。もう、やってしまったことは仕方ない。
   だが、やり直すことはできるはずだ。お前はまだ若い。
   そして、…頼りないかもしれないが、お前には家族がいる。
   父さんと母さんとキョウコとモモと、親友のコウスケくんだっている。
   どうか、一緒にやり直してほしい。

コウスケ: …いや、その、誤解だよ!俺は、薬物とか、やってないから!

父: しかし!コウスケくんが…

コウスケ: それは俺の…じゃなくて!コウスケの勘違いだよ!!

母: じゃあ、何をしていたの?
   母さん、前から気になってたけどずっと聞けなくて…
   今更かもしれないけど、お願い、それを教えて!お願い!!

コウスケ: それは…

 

【キョウコ、部屋に入ってくる】

 

キョウコ: こえげき

父・母: キョウコ?!

コウスケ: …えっ?

父: キョウコ!どこへ行ってたんだ!

キョウコ: …パニくって外飛び出しちゃったけどさ、
      誕生日のケーキ…予約してたでしょ!
      それ取りに行こうと思って歩いてたら、
      なんかだんだん冷静になってきてさ。色々落ち着いて考え直してみたの。
      で、コウスケくんが何度か呟いてた言葉が気になって、調べてみたんだ。

母: それで?

キョウコ: お兄ちゃんがやってたのは「こえげき」。
      インターネットで友達と劇してたのよ。声だけでね。

父: 劇…というと、演劇か?

母: 劇…

キョウコ: 「二代英雄記」「僕たちのやるせない事情」っていうのをやってたんでしょ、お兄ちゃん

コウスケ: え?…あ、そ、そうです…

キョウコ: それ、声劇用に書かれた台本なんだって。
      父さんが話しかけたとき、お兄ちゃんは「二代英雄記」っていうのをやってて、
      私が話しかけたときには「僕たちのやるせない事情」をやってたのよ。
      つまり、お兄ちゃんの言ってた言葉は私たちに向けたものじゃなくて、台本の台詞。

母: どうりで、ジロウさんが英雄とか…

父: シズカさん、そこかい?

キョウコ: 私を好きとか…あー、鳥肌立つわ

母: じ、じゃあなんで、こそこそ隠れて…

キョウコ: それは、本人に聴いてみたら?

コウスケ: ぐっ…

母: ハジメ、キョウコの言ってることはホントなの?

コウスケ: ほ、本当、だよ……えっと…
     ……(溜息)。そう!キョウコの言う通り。特に趣味らしい趣味もないじゃん。
     そんなに派手な方じゃないし、スポーツもすごい得意ってわけでもないしさ。
     そんな時俺が…じゃない、コウスケが誘ってくれたんだ、
     声出すの楽しいぜって。違う自分になれるの、すげー楽しかったんだ。

母: …

コウスケ: コウスケも、その…、アイツん家、共働きで夜は誰もいないからさ、
     寂しそうにしてたんだ。だから一緒に遊んだら楽しいかなって。
     一緒に声出して、違う自分になって、いい声の人とか、演技がうまい人のを聴いてたら、
     もっと上手くできるようになりたいって思って、それでみんながいない時、隠れて練習してた…
     こそこそしてたのは、やっぱり恥ずかしかったんだ。ごめん。だけど、俺…

父: わかるよ

母: お父さん…

父: 俺も昔、演劇部だったんだ。だから、違う自分になれる感じ、よくわかるぞ。
   …そうだな、そういう話もしていれば、お前もこそこそしないで良かったかもなあ。

キョウコ: 何で話してなかったの?

父: それは、その…

母: お父さん、演劇部の補欠だったの。

キョウコ: え、文系の部活にも補欠ってあるの?

母: 普通、ないけどね。お父さん、大根だったから

父: ぐっ…シズカさん…その言葉は痛いです…

キョウコ: でもお母さん、お父さんが舞台に立ってる姿が好きだったって…

母: …見てる人も他の部員も、だーれもいない舞台でね、
   お父さん、一人で練習してたの。たった一言の台詞を何度も、何度も…、
   そんな風に頑張ってたお父さんの姿を、お母さんずっと見てたの

父: シズカさん…

母: ラクビー部で女子にキャーキャー言われてモテモテのイケメンキャプテンより、
   演劇部の補欠でイケメンでもなくて、モヤシで大根でも、
   一生懸命練習していたジロウさんが、今でも好きよ

父: ぐふっ…

キョウコ: ねえ、モヤシなの?大根なの?

父: キョウコ、そこは流していいんだよ。

コウスケ: …ごめん

母: ハジメ…?

コウスケ: …こんないい家族に、心配かけさせちゃって、
     本当にハジメのやつ…じゃなく、俺だ!ごめん!俺ごめんね!!

父: いいさ。誤解は解けたんだ。こっちこそ、すまなかったな。
   きっと私たちがいないから思う存分「こえげき」できると思って、
   楽しみにしてたんだろう。すっかり邪魔してしまったな

コウスケ: …いや、それはたぶん気づいて…いや!大丈夫だよ!!

キョウコ: っていうか、そろそろ出てきたら?

コウスケ: ぐっ…いや、その…

キョウコ: なに?まだ恥ずかしがってんの?出てきなさいよ、
      出てこないんならクローゼット越しに蹴りを…

コウスケ: わーっ!わーっ!わーっ!

父: まあまあ、キョウコ。…母さん、私たちは出掛けよう

母: お父さん?

父: ハジメにしてみれば、誕生日パーティより、
   一人の時間を作ってやって思う存分劇をさせてやるのが
   一番の誕生日プレゼントさ。だから、そうしてやろうじゃないか。
   な、母さん、キョウコ。

キョウコ: ま、いいんじゃなーい。

母: …ええ、そうですね。あ、ハジメ。
   パーティ用に料理、ちょっとは作っておいたから、コウスケくんと適当に食べなさい。
   いっぱい劇して気が済んだら携帯に連絡しなさいね

キョウコ: …って、そういえばコウスケくんは?

コウスケ: コ!コウスケは!モ、モモが飛び出していったから探しに!!

父: モモが?…そうか、連絡して謝っておくんだぞ。

コウスケ: …うん、わかった。ありがとう…

キョウコ: ねぇねぇ、父さん!私、カラオケ行きたい。なんか声出したくなっちゃった

父: お、いいな。じゃあ、行くか!母さん!

母: あらー、いいわね!懐メロ歌っちゃおうかしら!キョウコは何歌うの?

キョウコ: えーあたし?私はねえ…

 

【母、キョウコ、話しながら部屋を出て行く、父、すかさずクローゼットに近づき】

 

父: (咳払い)…それと、今度父さんが演劇の先輩として直々に発声法を伝授してやろう。
   しっかり発声練習しないままやるから、今みたいに声が変わってしまうんだぞ。
   喉は大事にしないとな!

コウスケ: あ、ありがとう、父さん!

父: じゃあ、行ってくるぞ、ゆっくり楽しめ、ハジメ…


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

【ハジメ、モモ、戻っている。ハジメは携帯で通話している】

 

ハジメ: …うん、うん、ホントごめん。あ、いや、なんかちゃんと謝りたくなって…。うん、…うん、
     母さんとキョウコにもごめんって言っといて。…うん、わかってる、2人ともマイク離さないんだよね。うん。
     あ、あと母さんに料理美味しかったっていうのも伝えて!うん!ありがとう父さん!
     劇終わったら連絡する、うん

 

【ハジメ通話を切る】

 

ハジメ: ホント!コウスケ、悪かった!!

コウスケ: はぁ……、まさかリアル劇かますとは思わなかったよ、まったく…

モモ: ハジメちゃん!心配しましたよ!!

ハジメ: よしよーし!モモもごめんな!!

コウスケ: にしても、遅かったじゃねーかよ。何してたんだ。

ハジメ: いやぁ、コンビニで新刊出てるの見つけちゃって…

コウスケ: てめぇ!立ち読みしやがってたな!!!!

ハジメ: 悪かったって!!!まさかそんなことになっていようとは!!!
     にしても実際びびったわー!コンビニ出たらさ、モモがメモ咥えて立ってて、
     お前の字で「はやくもどれ」って書いてんだもんなあ。
     ちょっとしたサスペンスだったぜ!

コウスケ: ひ、ひとごとみたいに言いやがって…てめぇ…俺がどんだけ…

ハジメ: ほんっとーーーーに悪かった!!!ごめん!!ごめん!!!
     お詫びにさ、次の劇はお前が主役やっていいぜ!

コウスケ: はぁ?お前まだやんの?!

ハジメ: だって、思う存分劇していいんだろ?
     みんながそう言ってくれたんだから、今夜は楽しませてもらおうぜ!な?!

コウスケ: おれ、もう疲れたよ…

ハジメ: そう言うなって!俺、コウスケと一緒にやるのが一番楽しいんだ!
     だから、やろうぜ!楽しみにしてたんだからさ!!

コウスケ: …はぁ。負けるよ、お前には。

ハジメ: やったぜ!次の台本はお前の好きなコメディー台本だからさ!楽しくいこうぜ!なー!

コウスケ: あながち、中毒っていうのも間違いじゃないよな…

 

【モモ、二人のやりとりをじっと見ている】

 

モモ: (…一時はどうなることかと思いましたが、めでたし、めでたしですね!
    ハジメちゃんもコウスケくんも、パパさんもママさんもキョウコちゃんも、
    みんな楽しい時間を過ごせて、嬉しいです!
    …好きなことができるの、やっぱりちょっと羨ましいですけど、ね)

ハジメ: モモ!お前も大活躍だったな!
     コウスケに俺が3番行ってるって教えたのもお前だって言うし。お前すごいな!!
     …でさ、今からやる劇で、犬が出てくるシーンがあるんだ。犬が3回吠えるシーン。
     お前、やってみないか?!俺やコウスケと一緒に劇しようぜ!!

モモ: …!やります!!!!!!!



(劇終)

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