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チキンな奇跡をボッチの君に

作 : 揚巻

 

(♂1:♀1)

ボッチ・女:
チキン・男:



 

  アパートの一室。
  部屋の中央でボッチとチキンが立ったまま黙り込んでいる。
  チキンは半裸にアルミホイルのパンツをはいていて、
  ボッチはそんなチキンをじっと見ている。

 

ボッチ:…話を整理しよう

チキン:うん、いいよ

ボッチ:私はさっき中華弁当を買いに行ったの。ところが街はクリスマス一色。
    お店には中華弁当がなくて、代わりにチキンの丸焼きを売ってたわけ

チキン:うん

ボッチ:チキンかーうーん、でかいなあ…流石にこれはなあ…と思っていたら、店員さんに
   「おひとり様用もありますよ☆」なんて言われて、

チキン:うんうん

ボッチ:…私はカッとなって丸焼きを…買ってしまった。
    家に帰った私はそれをテーブルに置いて、お湯を沸かしに台所へ…
    そして戻ってきたら――

チキン:俺がいた

ボッチ:そう。半裸でアルミホイルのパンツ穿いてる変態がね…

チキン:だから変態じゃないって。チキンだって

ボッチ:どこが。どう見ても人の姿じゃん

チキン:このこんがり焼けた肉体を見て!

ボッチ:うん、季節外れのサーファーにしか見えない

チキン:じゃあ、俺の体、嗅いでみて

ボッチ:えー

チキン:ほらほらー!

 

  訝しそうにチキンに近づくボッチ。

 

ボッチ:…あ、いいにおーい

チキン:でしょう

ボッチ:とっても香ばしい…

チキン:隠し味にピーナッツバター、使ってるからね

ボッチ:へえー、ピーナッツバター!

チキン:まろやかな味わいに、香ばしい匂い…!

ボッチ:なるほどお、じゃあ早速食べよっと!

チキン:どうぞ(腕を差し出す)

ボッチ:いただきまーす(腕に齧りつく)

チキン:どう?

 

  間。

 

ボッチ:んー…ガチでいけば噛みちぎれる気がするけど、同時に何かを失う気もする

チキン:気にせず、思い切りいっていいよ!

 

  間。

 

ボッチ:やめとく…

チキン:えー食べごろなのに

ボッチ:…あなたがどうあってもチキンだって言い張るんなら、チキンに戻ってから食べる

チキン:っていうかさ、受け入れるの早いね。もし俺が強盗だったらどうすんの

ボッチ:強盗?…いや…強盗っていうより…変態でしょ

チキン:ひどいなあ

ボッチ:すごい恰好よ。パンツ反射して光ってるし。なんでアルミ?

チキン:アルミホイル巻いてなきゃ、握って食べるとき不便だろ?

ボッチ:チキンの丸焼き、握って食べる人いるんだ

チキン:あ、君は切り分ける派?常に人の目を気にして行動する、保守的なタイプだね

ボッチ:それ心理テスト?

チキン:単なる勘

ボッチ:あっそ…ちょっと当たっててムカつくけど…にしてもアルミって普通、足に巻いてない?

チキン:あー確かにそうだよね、じゃあこれ下ろす?

ボッチ:いい、いい、いい

チキン:すぐ下せるよ?

ボッチ:いいって

チキン:そう?じゃあ、食べづらかったら言ってね、すぐ下ろすから

ボッチ:なんかいかがわしく聞こえちゃう…

チキン:というわけで、改めまして、チキンですよろしく。君は?

ボッチ:…私?

チキン:お互い名前がわからないと不便だろ?

ボッチ:私は…

 

  間。

 

ボッチ:ボッチ

チキン:ぼっち?

ボッチ:そう。ひとりぼっちのボッチ

チキン:ひとりぼっちなんだ

ボッチ:そりゃそうでしょ。誰もが大事な人と過ごすクリスマスにひとりぼっちなんだから。
    挙句、やけくそでチキンの丸焼き買ったりさ

チキン:そしてそのチキンと楽しくおしゃべりしたりさ

ボッチ:それは全く想定外だったけど…。
    …にしても、クリスマスには奇跡が起きるって言うけどさ、こんなおかしな奇跡もあるのね

チキン:人がチキンになるよりいいんじゃない?

ボッチ:そう?一食分浮くから嬉しいわよ

チキン:(引く)

ボッチ:冗談よ

 

  台所からお湯が沸いた音がする。

 

ボッチ:あ、お湯湧いた

チキン:どうぞお構いなく

ボッチ:なんで私がおもてなしすることになってるの?

チキン:まあまあ、お茶でも飲んで落ち着こう

ボッチ:…誰のせいで落ち着かなくなってるのかわかってるのかな…まったく…

 

  間。
  テーブルにカップが二つある。
  お茶を飲んで落ち着いたボッチとチキンがだらっとしている。

 

ボッチ:…はあ

チキン:冬の寒い日にあたたかいお茶は落ち着くね

ボッチ:うん、落ち着いた、チキンもお茶飲むんだね

チキン:ハーブ鶏とかあるしね

ボッチ:あ、うん…

チキン:ところでさ、何で君はひとりぼっちなの?

ボッチ:それ聞く?…モテないからよ

チキン:モテないのかー。じゃあモテたい?

ボッチ:はあ?

チキン:モテたいって願えば、クリスマスの夜だし叶うかもよ

ボッチ:…どうだろ。願って叶うんなら普通のチキン食べたい

チキン:いいよ!さあ!

ボッチ:普通のチキンでお願いします

チキン:普通のチキン食べたいなんて普通のお願いじゃなくてさ…
    モテなくていいの?モテれば色んな人が集まってくるから、ボッチじゃなくなるよ

ボッチ:別にそういうんじゃ…

 

  ボッチの携帯が鳴る。

 

チキン:電話だ!誰かからのお誘いかもー

ボッチ:そんな都合よく…

チキン:ほらほら早く出ないと切れちゃうよ!ほら!!

ボッチ:わかったから、静かにして!
    (電話にでる)…もしもし。…あー、久しぶり。どしたの急に…
    え、今日?いまから?…あー、いや今日はちょっと…ねえ。
    うん…じゃあまた今度。うん、よいお年を…(切る)

チキン:え、断っちゃったの?

ボッチ:だったらなによ

チキン:なんでー!せっかくモテたのに!

ボッチ:あのねえ…

チキン:あー!さては!わざと予定あるっぽく!リア充を装って断ったとか!

ボッチ:あのね!

チキン:図星?

ボッチ:そうじゃなくて。こういうのはモテって言わないの

チキン:じゃあなに

ボッチ:…都合よく使われてるだけ。クリスマスにボッチでいるのが嫌だから、
    誰でもいいから一緒にいたいんでしょ

チキン:でもボッチでいるのが嫌ならそれもありなんじゃ?

ボッチ:私がいつボッチでいるのが嫌なんて言った?

チキン:嫌じゃないんだ

ボッチ:そりゃ私は確かにボッチよ。でもそれは、クリスマスに限ったわけじゃない。
    誕生日だってボッチだったし、花火大会だってボッチだった。
    きっとお正月もボッチだろうし、なんでもない日だってボッチ。
    でもクリスマスってみんなが思い思いに大事な人と過ごせたらいいなって願う日でしょ。
    なのに誰でもいいから一緒にいたいなんて思うのおかしい。それならボッチでいい。

チキン:じゃあ聞くけど、一緒に居たいなって思う人、いるの?

ボッチ:…いない。好きになりたくない

チキン:なんで

ボッチ:メンドクサイから、好きになっても諦める

チキン:諦める?

ボッチ:私じゃ無理だし

チキン:何が無理なの

ボッチ:女としての魅力ないし

チキン:んなこと誰が言ったの

ボッチ:自分でわかる!

チキン:またまたあ、決めつけて。魅力あるって!

ボッチ:適当なこと言って…

チキン:適当じゃないよ!あるからあるって言ってる

ボッチ:…どこによ

チキン:まだわからない

ボッチ:なにそれ

チキン:俺たち、出会ったばかりでしょ?だからわからなくて当然だよ。
    でも、魅力のない人なんていないよ。元々持ってる魅力もあれば、人と出会って生まれる魅力もある。
    …まあ、自分で自分の魅力はわからないから、誰かと付き合って、自分を見てもらって、
    その人に教えてもらうものなんだと思うよ。だからボッチも諦めないで頑張ろう!

ボッチ:…チキンの丸焼きに言われたくない

チキン:あら、それは失礼しました

 

  間。

 

ボッチ:…いつチキンにもどるの

チキン:え、今もチキンだけど

ボッチ:そうじゃなくて、買った時の姿に

チキン:…戻って欲しい?

ボッチ:うん

チキン:えー、もっとお喋り楽しもうよ、今宵はクリスマス!夜は長いよ!

ボッチ:…

チキン:そんなに戻って欲しいの?どうして?

ボッチ:…だって

 

  間。

 

ボッチ:…お腹すいた

チキン:あ、最もな理由だ

ボッチ:そもそもお腹空いたからお弁当買いにいったわけだし

チキン:じゃあ何か作ってあげよっか

ボッチ:え、食事が食事を作るの?

チキン:俺、結構味付けうまいんだよ

ボッチ:隠し味にピーナッツバター使ってるしね

チキン:そうそう!…もう一度、食べてみる?

ボッチ:いい

チキン:…食べやすいように下ろそうか?

ボッチ:いい!

チキン:ま、それはおいといて、…俺、料理得意なんだよ。だから任せて!
    食べたいもののリクエストある?

ボッチ:中華弁当

チキン:チキンって言ってくれないんだ…

ボッチ:それ言ったらまたパンツ下ろそうとするから言わない

チキン:ま!ボッチのエッチ!

ボッチ:…なんでそうなるのかな!

チキン:ごめんごめん、つい楽しくて

ボッチ:…で、中華弁当作ってくれるの

チキン:さすがに中華弁当は作れないけど、中に入ってる唐揚げなら作れるよ

ボッチ:あーあれ美味しいんだよねー

チキン:せっかくのクリスマス!一緒にご飯食べて、ケーキ食べよう!

ボッチ:ケーキないよ

チキン:ないの?

ボッチ:うん

チキン:じゃあ買ってくる!

ボッチ:無理よ。どこも売り切れで…ん?売り切れ…?

チキン:どしたの?

ボッチ:…いや、なんでもない。…とにかく、クリスマスの夜よ、ケーキなんてどこにも売ってないって。
    …そもそもパンイチで行く気?迷惑防止条例違反で、現行犯逮捕されるわよ

チキン:じゃあケーキは諦めて、遊ぶかー

ボッチ:なにして遊ぶの?

チキン:押し入れに入ってる黒ひげ危機一髪やろう

ボッチ:黒ひげ…

チキン:あれさ、飛ばしたら負けみたいになってるけど、実は飛ばした方が勝ちなんだよね。知ってた?

ボッチ:…なんで、押し入れに黒ひげあるの知ってるの

チキン:単なる勘

ボッチ:…

チキン:ん?ボッチ?

ボッチ:…やっぱり、強盗だったり?私が出掛けてる間に中に入って、あちこち物色して、
    帰ってきたとこ見つかって…それで、チキンだなんだっていって誤魔化して…

チキン:…んー、もしそうだったらどうする?

 

  間。

 

ボッチ:べつにいいけど

チキン:俺が強盗でも?

ボッチ:チキンも強盗も同じでしょ

チキン:同じじゃないよ、強盗は食べられないしね

ボッチ:そこなんだ

チキン:まあ、俺は本当にチキンだからご安心を。黒ひげあるの知ってるのは、
    …ほら、そこに剣落ちてる

ボッチ:あ

チキン:友達と遊んだりするんだ?

ボッチ:ひとりで遊ぶの!

チキン:一人で?黒ひげを?

ボッチ:いいでしょ別に、ほっといて

チキン:じゃあ今夜は俺と遊ぼう

ボッチ:…チキンと?

チキン:そう!

ボッチ:チキンと一緒にご飯食べて、一緒に遊んで…

チキン:ああ!楽しもう!

 

  間。
  ふいに小さく笑うボッチ。

 

チキン:どうしたの?

ボッチ:…久しぶりだなって

チキン:なにが?

ボッチ:こんなに喋ったの。職場でもあんまり喋らないし…

チキン:楽しい?

ボッチ:うん。おかしな奇跡のおかげですごく楽しい。…いいクリスマスだな

チキン:そっか、それは良かった

ボッチ:だからこのままでもいいよ、チキンに戻らなくても

チキン:寂しいから?

ボッチ:寂しい…?

チキン:ボッチ本当はさ、寂しかったんじゃない?

ボッチ:別に寂しくない

チキン:自分らしくいられる人と一緒にいたらいいのに

ボッチ:簡単に言わないでよ、そんなのできたら苦労しない

チキン:そもそも苦労してないでしょ

ボッチ:…なによ

チキン:さっき自分で言ったじゃん、諦めてるって。
    好きな人と繋がりたいっていう勇気も、繋がっていきたいって努力も諦めてる。
    自分に魅力がないなんて、言い訳だよ、ボッチ

ボッチ:なんでそんな意地悪言うの

チキン:意地悪じゃないよ、ボッチには幸せになって欲しいからさ

ボッチ:なによそれ…そんなこと言って、どうせチキンに戻るんでしょ…いつ戻るの

チキン:…そのうち戻るって。そしたら食べてよ

 

  間。

 

ボッチ:やっぱり戻るんだ

チキン:その方が嬉しいでしょ?チキン食べられるし

ボッチ:…

チキン:どうした?

 

  間。

 

ボッチ:だから嫌だったのよ、こうやって楽しく過ごすの。
    どうせいなくなるのに。どんなに仲良くなっても、いなくなっちゃうのに…

チキン:…昔、そんなことがあったんだ?

ボッチ:…

チキン:ボッチは、ボッチになるのが嫌だから、ボッチでいるんだね

ボッチ:そうよ。…もう誰も好きになりたくない。

チキン:…ボッチ

ボッチ:なに?

チキン:ボッチでいてくれてありがとう

ボッチ:なんでお礼言うの

チキン:ボッチがさ、クリスマスだから「誰」かといることを選ばなかったおかげで
    ボッチは俺を買ってくれたわけじゃん

ボッチ:やけくそだったけどね…

チキン:理由はなんであれ、俺を選んでくれて嬉しかったよ。ありがとう

ボッチ:なんかお別れの挨拶みたい

チキン:そう?感謝の気持ちを伝えてるだけだよ?

ボッチ:…なら、ここにいてよ、チキン

チキン:そうだなあ。ボッチとなら、クリスマスじゃなくても、
    普通の、何でもない日でもきっと楽しいだろうね

ボッチ:私といて楽しい?

チキン:うん。ボッチは俺がバカなこと言ってもツッコんでくれるからね

ボッチ:それ、芸人の相方じゃないの?

チキン:いいねそれ!どうもー!チキン&ボッチでーす!

ボッチ:なにそれ

 

  笑い合う二人。
  間。

 

ボッチ:…チキンがいなくなったら寂しい

チキン:そっか

ボッチ:…きっとこれから先、普通の何でもない日でもチキンのこと思い出すんだろうな。
    もっと話したかったなあ、美味しかったなあって…

チキン:ちゃっかり俺を食べてるとこ…いいね

ボッチ:だってチキンだもん…ちゃんと食べなきゃ…

 

  間。

 

チキン:…じゃあチキンに戻る前に、クリスマスの奇跡をひとつ、あげるよ

ボッチ:奇跡?

チキン:そう

ボッチ:チキンが人間になったことが奇跡なんじゃなくて?

チキン:残念だけど、これは奇跡じゃないんだ

ボッチ:じゃあ、恋人でもできるのかな

チキン:君が望めばね。恋人でも友達でも家族でもできるよ

ボッチ:そんな都合のいい奇跡あるの

チキン:奇跡は意外と簡単に起きる。ただし、それを繋ぐには勇気と努力がいるんだ。
    臆病なチキンじゃだめだよ…ボッチ。約束だ

 

  間。

 

ボッチ:ねえ、チキンがチキンに戻らないって奇跡もあるの?

チキン:んーそれはないかな

ボッチ:なんで?奇跡がおこるんでしょ?

チキン:だって

 

  間。

 

チキン:夢は覚めるものだからね

ボッチ:チキン…?…ねえ、一緒にご飯食べて、一緒に遊ぶんだよね…?

チキン:メリークリスマス!いい夜を!

ボッチ:待って…!…チキン!

 

  間。
  テーブルに突っ伏して寝ている女。
  目を覚ます。

 

女:あ…

 

  女、テーブルから体を起こす。

 

女:…そっか…夢か…あれ?

 

  女、部屋を見回すがチキンはない。

 

女:…まさかチキン買ったのも夢だったのかな…

 

  チャイムが鳴る。

 

女:え、こんな時間に誰…

 

  ドアの向こうから声がする。

 

男:こんばんはー!「チキンラック」ですー!

女:え?

男:いらっしゃいませんかー?

女:あ…今あけます!

 

  女、ドアを開ける。

 

女:はい…!

 

  そこにはチキンにそっくりな男が立っている。

 

男:こんばんは!チキンラックです!

女:チキン…!

男:あ、はい!チキンの丸焼き、お届けにあがりました!

女:え…

男:先ほどは売り切れで大変申し訳ありません!

 

  女、チキンの配達を依頼していたことを思い出す。

 

女:あー…、そうでしたね、うん、そうだった

男:こちらご注文のチキンです。熱いのでお気をつけて

女:ありがとうございます

 

  男からチキンの入った箱を受けとる。

 

男:じゃ、ありがとうございました!

女:あ…

 

  男は注文票を確認しながら遠ざかっていく。
  女、男に声をかけたくてもかけられない。

 

女:これが奇跡?…でも…無理だよ…

 

  ふいに、女が手にしていた箱から声がする。

 

チキン:…ボッチ

女:…え

チキン:チキンじゃだめだって言ったろ?

女:…!

チキン:やっぱりボッチは、臆病なチキンだったか

ボッチ:…っ!チキンじゃないし!!!

男:え!?

女:え…

 

  男、慌てて戻ってくる。

 

男:あの、注文間違えてましたか?チキンじゃないって…

女:いえ、大丈夫です、チキンで!

男:もしお間違いでしたらすぐ取り換えますので…!

女:チキンで合ってます!

男:でも…

女:あ…あー、すごくいい匂い!美味しそうですね!これ食べたかったんです!

男:ありがとうございます!匂いだけじゃなくて味もいいんですよ!

女:…ピーナッツバターが隠し味だったり?あはは…

男:え…!…わかるんですか!

女:え!?

男:まさか匂いだけで?…すごい!

女:いや、その…な、なんとなく、ですけど…!

男:嬉しいです!そのチキン、俺が味付け担当したんですよ。
  まさか、そこに気づいてもらえるなんて…本当に嬉しいです!

女:いえ、そんな…

男:あ、すみませんお引止めして。クリスマスでお忙しいところ、申し訳ありません!

女:いえ!ボッチなんでお気になさらず!

男:…ボッチ?

女:あ…、あはは……これ、一人で食べるんです…
  …クリスマスの夜に女がひとりでチキンの丸焼き食べるなんて…寂しい奴ですよね

男:そんなことないです!…それを言うなら俺の方がよっぽど寂しい奴ですよ。
  夜じゅう配達だし、店に戻ったら片付けだし…
  クリスマスに仕事?って笑われたり誘われたり…だからそんな風に思わないで下さい

女:さ、誘われる…女性に、ですか?

男:もちろん丁重にお断りしてますよ!

女:…でも、私も同じかも、こうして話しかけて

男:いえ!むしろ俺の方が…

女:…あの、ちょっとお聞きしたいんですが…

男:はい、なんでしょう

女:普通の、なんでもない日に注文したら、またこうしてチキン配達してもらえるんですか?

男:えっと…チキンはクリスマスシーズンだけなんです

女:…そうですか

男:でも弁当の配達はしてますよ、よろしければ是非

女:お弁当…、時々買ってます。色んな種類があっていいですよね

男:いつも、中華弁当…ですよね?

女:え?

男:時々売り場にも立ってるんで…その、何度かお見かけしてて、あ、中華弁当の人だ…って

女:私、そう呼ばれてるんだ…中華弁当好きだからいいんですけど…

男:すみません!…実はあの中華弁当も俺が味付け担当してるんです。
  …だからいつも買って下さるの嬉しくて、覚えちゃって…

女:そうなんですか!?中に入ってる唐揚げ大好きなんです!

男:ありがとうございます!あれ、中華風にアレンジするの大変だったんですよ!
  スパイス入れ過ぎると肉の旨味を消しちゃうし、控えるとパンチがなくて、それで…
  あ…また、すみません…すぐテンション上がっちゃって…

女:いえ、楽しいです。…また配達、お願いしますね…

男:はい、それはもちろん…

女:あなたとまた、こんな風に話してみたいです

男:え

女:お店にも寄らせてください。ご迷惑でなければ…

 

  間。

 

男:はい…ご注文、お待ちしてます、あと…ご来店も

女:…ありがとうございます

男:…こちらこそ

 

  男の携帯が鳴る。

 

男:あ!やべ!…配達に戻りますね。失礼します!

女:メリークリスマス!

男:え…

女:…あ、その…前からクリスマスにそう言ってみたくて…

 

  男、小さく笑う。

 

男:…メリークリスマス!…じゃあまた!

女:はい!…また!!

 

  男、笑顔で駆けていく。
  男の後ろ姿を見ながら、チキンの入った箱を抱きかかえる。

 

女:勇気出したよ…、チキン、見てた?

 

  箱からはもう声はしない。

 

女:チキン。私、頑張ってみる。ありがとう…

 

  夜空に小さな雪が舞い始めている。
 

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