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片靴屋-世界にひとつだけの靴

作:揚巻

 

片靴屋 : ♂/♀
女子高生 : ♀



 

片靴屋 : ――― まだ、空も白々とした早朝、ひとりの女性がやってきた。
 

女性 : ちょっとー

 

片靴屋 : はい、なんでしょう。

 

女性 : 道に迷っちゃって。大通りに出る道、教えて貰えないかしら。

 

片靴屋 : 両靴で歩いていけば、見つかりますよ。

 

女性 : なによそれ。道がわからないから聞いてるんでしょう。
    それを、『歩いていけば見つかりますよ』だなんて、不親切な人ね。

 

片靴屋 : しかしここは、来たいと思う人にしか来られない店なのですが。

 

女性 : 朝っぱらから、靴屋に来たいと思うわけないでしょう。
    しかもこんなさびれた…、…ちょっと、なんなのここ?全部靴が片方ずつしかないけど。

 

片靴屋 : はい。ここは『片靴屋』ですから。

 

女性 : カタクツヤ?馬鹿じゃないの?靴は両方ないと歩けないものなのよ。

 

片靴屋 : はい。ですからなくした片方の靴をここに置いているのです。

 

女性 : 聞けば聞くほど馬鹿な店ね。世界に靴なんていくつあると思ってるのよ。
    片方なくしたから片方を買うだなんて、馬鹿もいいところだわ。
    そんなこと言うようなら、さぞかし沢山の靴を持ってるんでしょうね。
    それとも、『探し出せませんでした』とか言うのかしら。

 

片靴屋 : しかし、貴女が今お履きになっているのも、片方だけのようですが。

 

女性 : え? …やだ、どうして? なんで私、片方しかヒール、履いてないの?

 

片靴屋 : お探ししましょうね。あなたの片靴を。

 

女性 : ふざけないでよ。見つかるわけないでしょう。大体これはね、大事な…。

 

片靴屋 : 大事な?

 

女性 : …き、貴重な靴なのよ。オーダーメイドなの。世界にひとつしかないのよ。
    だから、こんなとこにあるわけないの!

 

片靴屋 : どなたかの贈り物ですか?

 

女性 : 思い出したくもないわよ!あんなヤツ!
    ええそうよ、あの男からのプレゼントだったわ。
    でも、アイツはもう要らない。だからこんな靴も要らないのよ!

 

片靴屋 : おやおや。

 

女性 : ほら。今履いてる、こっちのもやるわよ。
    どっかの誰かが、これに似たようなの欲しがったら、くれてやるといいわ。

 

片靴屋 : しかし、世界にひとつだけなのでしょう?

 

女性 : そうよ。だから片方なくなったら意味ないの!既製品なら買い直せるけど、
    世界にたったひとつなのよ!なくなったらおしまいなの!

 

片靴屋 : それじゃあ…、これでいいんですね。

 

女性 : ! …どうして?どうして、もう片方があるの?!

 

片靴屋 : 言ったでしょう。ここは『片靴屋』なんです。見つからない靴はありません。
     ここへ、靴を探しに立ち寄られた以上は、かならず見つかるのです。必ず。

 

女性 : そんなことって。

 

片靴屋 : あるんですよ。ちなみにこれは、靴ですが、単なる靴ではありません。
     貴女の想いで形作られた靴です。世界にたったひとつしかない想いでできた。

 

女性 : 世界にたったひとつ…。

 

片靴屋 : このヒールを贈ってくれた人は、あなたにとって世界にたったひとりの人ではないのですか?

 

女性 : そんなこと!
    …いえ、そうかもしれない。でも、素直になれないのよ。

 

片靴屋 : なれますよ。これを履いていけば。おまじないに、少し靴を磨いてあげましょう。
     あなたが素直になれるように。この靴を求めるように、その人を求められるように。

 

女性 : 大丈夫かしら。

 

片靴屋 : 大丈夫ですとも。自信をもって。…さぁ、これでいい。ぴかぴかです。

 

女性 : …でもやっぱり…

 

片靴屋 : いいですか?これが見つかったということは、この靴自身も見つけられたいと願ったからなんです。
     それは誰の想いでしょうね?貴女の?それとも、これを贈った誰かの想いかもしれない。
     それを、貴女は確かめないといけないのです。
     この靴が、ここで貴女に探されるのを待っていたように。

 

女性 : …わかった。やってみるわ。そのおまじないを信じてみる。

 

片靴屋 : 貴女なら、大丈夫ですよ。自分を信じて。

 

女性 : ええ、ありがとう。…あ、でも私、帰り道がわからない。

 

片靴屋 : 大丈夫。今のあなたならわかります。
     あなたが両靴で歩いていけることを願っておりますよ。


 

片靴屋 : ――― ぴかぴかになったヒールを履き、力を抜いた優しい表情で、女性は店を後にした。
     もうすぐ、陽がのぼるでしょう。外は次第に明るくなってきているから。

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