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片靴屋-友達の靴

作:揚巻

 

 

片靴屋 : ♂/♀
少女 : ♀





 

片靴屋 : ――― 陽の光がオレンジ色に染まる頃、一人の少女がやってきた。


 

少女 : こんにちは。

 

片靴屋 : いらっしゃいませ

 

少女 : ここは、片靴屋さんですか?

 

片靴屋 : おや、ご存じなんですね。

 

少女 : はい。どうしてもここへ来たかったので。

 

片靴屋 : そうですか、それにしても、珍しい。
     自身の意志でここへ来るのはなかなかに容易ではないのですが。

 

少女 : 靴を探しているんです。

 

片靴屋 : はい。

 

少女 : 友達の靴なんです。

 

片靴屋 : おや。あなたのではなく?

 

少女 : 友達が、靴をなくして困ってるんです。だから探してあげたくて。

 

片靴屋 : なるほど、ご友人の靴をあなたが探しておられるのですね。

 

少女 : はい。

 

片靴屋 : では、どういった靴でしょう?

 

少女 : …わかりません。

 

片靴屋 : わからないと、探せませんよ。

 

少女 : でもここへ来たら見つかるはずなんです。

 

片靴屋 : しかし、どういったものかわからないとお探しすることはできません。

 

少女 : でも、友達が困ってるんです。

 

片靴屋 : 靴がなくて、困ってるんですか?

 

少女 : 彼女の苦しんでいる姿は見ていられない。なんとかしたいんです。

 

片靴屋 : あなたのお友達は、何を悩んでおられるのでしょう。

 

少女 : え?

 

片靴屋 : 本当の理由があるはずですよ。そうでないと、靴はなくしませんからね。

 

少女 : 本当の理由…。

 

片靴屋 : あなたはそれをご存じですか?

 

少女 : …

 

片靴屋 : ではまず、お友達のではなく、あなたの靴を探しましょう。

 

少女 : え?

 

片靴屋 : あなたも、どうやら片靴のようですが。

 

少女 : …あ!え?どうして?どうして私も…

 

片靴屋 : お気づきになっていましたか?

 

少女 : どうして…

 

片靴屋 : あなたは、ご友人の為にここへ来られた訳ではありません。

 

少女 : でも、それだけを考えて来たんです!

 

片靴屋 : 先に申しましたでしょう。ここへ来るのは、自身の意志では容易でないと。
     つまり、あなたは意志でここへ来たわけではない。あなたも靴をなくした一人だからです。

 

少女 : どうして私の靴はないの…

 

片靴屋 : それがわからない限り、きっとご友人の靴も見つからない。
     そして、彼女が何に悩んでいるのかもわかりませんよ。

 

少女 : ……

 

片靴屋 : そんな悲しい顔をなさらないで下さい。

 

少女 : ……

 

片靴屋 : では、ひとつだけ、お聞きしましょうか。
     あなたは、彼女の本当の声をお聞きになりましたか?

 

少女 : …本当の声?

 

片靴屋 : 彼女は確かに悩んでいる。靴をなくしてしまうほどに。
     でもね、その気持ちばかりを先走りすぎてはいけません。
     彼女が何に悩み、苦しんでいるのかを見極めて、
     彼女の本質に触れられるように努力することもまた、必要なことなのです。

 

少女 : …はい。

 

片靴屋 : 悩みというものは、人に解決してもらうものではありません。
     自分自身が乗り越えることでしか解決することはできない。
     友人というのは、それを手助けする存在ではありますが、
     あくまでもできるのは手助けだけ。解決するのは、自分なんです。

 

少女 : 確かに、私、彼女が何に悩んでいるのかを心から考えたことなかった。
    悩んでいるのは苦しそう、とか、私も一緒に苦しみたいとか、そんなことばかりで、
    彼女が本当に手助けして欲しいって思う時、
    私はこの手を差し伸べていなかったような気がします。

 

片靴屋 : これは、あなたの靴です。

 

少女 : はい。それです。私の靴です。

 

片靴屋 : 両靴あるあなたならば、彼女の靴も見つけられるでしょう。
     なくした靴は、ここにあるとは限りません。時に探す者の背にあったりもします。
     ここにもし、彼女の靴があるならば、きっといつか彼女はここを訪れるでしょう。
     しかし私はね、あなたが彼女の靴を見つけられると思っています。
     彼女を好きだと思うあなたの気持ちがあるならば、きっとそれができると信じていますよ。

 

少女 : 私に、できるでしょうか。

 

片靴屋 : できますとも。それとも、ここで探していかれますか?

 

少女 : いいえ。きっとここには、彼女の靴はないはずです。

 

片靴屋 : それがわかるなら、大丈夫。さぁ、早く行っておあげなさい。
     あなたが両靴で歩いていけることを願っておりますよ。

 

 


 

片靴屋 : ――― 少女は元気良く頭をさげると、扉を開け一心に走り出した。
     少女の姿は、夕陽の影の中へあっという間に溶け込んでいった。

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