片靴屋-さがしものはなんですか?
作:揚巻
片靴屋 : ♂/♀
男性 : ♂
片靴屋 : ――― 朝の日差しが店の中に差し込む頃、ひとりの男性が店の中に入ってきた。
男性 : おはようございます。
片靴屋 : いらっしゃいませ。何をお探しですか?
男性 : わからないんです。
片靴屋 : はぁ。
男性 : ただ、探さなければならない、という気持ちになってしまいまして。
片靴屋 : なるほど。人にはそういう時があるものです。
男性 : だから、朝からお邪魔したのですが…
片靴屋 : 何を探していいのかわからない、と。
男性 : すみません。変な客だとお思いでしょう。
片靴屋 : いえいえ。そんなことはありませんよ。ここは『片靴屋』。
求める者だけが訪れることのできる店です。
あなたが、ここへやってきたというならば、
きっと何かがあなたを呼んでいるのでしょう。
男性 : しかし、何なのかがわからないと、どうしようもないですね。
片靴屋 : まぁ、あせらず参りましょう。一日は始まったばかりですし。
男性 : はい。
片靴屋 : どうでしょう。店の中を見て回られたら。そうすれば、思い出すかもしれません。
男性 : そうですね。そうします。
片靴屋 : どうぞどうぞ。
男性 : しかし、沢山の靴があるのですね。
片靴屋 : ええ、人というものは、とかく何かをなくしてしまうものですからね。
男性 : ここにある靴達は、もちろん誰かの靴だったのですよね。
片靴屋 : もちろん。そして今もまだ、誰かの靴なのですよ。
男性 : 誰かか・・・。彼女も、ここで靴を探したりすることもあるんだろうか。
片靴屋 : 彼女がいらっしゃるのですか?
男性 : …いた、と言うべきかもしれません。彼女は僕の前から去りましたから。
でも楽しかった。僕たちはよく、海に行ってましたよ。楽しかった。
片靴屋 : なるほど。それでわかりましたよ。
男性 : 何がですか?
片靴屋 : あなたがお探しのものがなんなのか、なんとなくですが、わかったんです。
男性 : 僕は、何を探しているのでしょうか?
片靴屋 : 彼女、ですね。
男性 : そう、かもしれません。しかし、もう彼女はいないんです。
僕の前から去ったと、言いましたよね。つまりはそれが答えだったのだと思います。
片靴屋 : 人が、人の前から去るのは、それだけが原因なのではないんですよ。
男性 : どういうことですか?
片靴屋 : このサンダルに、見覚えは?
男性 : あっ…、それは…!
片靴屋 : ああ、やっぱり。あなたがお探しの靴はこれだったのですね。
男性 : なぜ、彼女のサンダルがここにあるんですか?
片靴屋 : 探しに来られたからですよ。
男性 : 探しに来た?それならばなぜ、まだこれがここにあるのです?
片靴屋 : あの方は、片方を持って帰られましたよ。大切そうに抱えてね。
男性 : …
片靴屋 : しかし、『これ』は、見つからなかった。ここは『片靴屋』ですからね。
両靴があることはないんですよ。
男性 : それがここにある…
片靴屋 : ええ。だからこれは、あなたがあの方に渡すべきなのでしょう。
男性 : 僕が…
片靴屋 : それを望んでいるからこそ、このサンダルはここにある。
そして、あなたもここにいるのです。
男性 : 渡せるでしょうか?
片靴屋 : さぁ、それはわかりません。私があなたにしてあげられることは、
このサンダルをあなたにお渡しすることだけ。
あちらであなたと彼女が出会うか出会わないか、
そして、許しあえるかどうかは、は神のみぞ知るところでしょう。
男性 : 探します。必ず。
片靴屋 : 頑張って下さいね。きっと大丈夫ですよ。
お互いが、そのサンダルを大切に持っているならば、必ず会えます。必ず。
男性 : ありがとう。では、行きます。
片靴屋 : あなたとあの方が出会えて、互いに両靴で歩いていけることを願っておりますよ。
片靴屋 : ――― 朝の光を浴びながら、男は店を後にした。
その足取りは速く、あっというまに姿は見えなくなった。
あれならきっと、宵の頃にはあの女性を見つけるに違いない。
見つけた後、その二人がどうなるかはわかりませんが、
なんにせよの答えは出るでしょう。
捨ててしまうより、なくしたままの方がつらいでしょうから。
そして、
人と人との縁は、そうやって築かれていくものだから。
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