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ワタナベを探して

作 : 揚巻

 

(♂2 : ♀2 )

マッスン(♂):真面目で不愛想。
キヨ(♂):お調子者でムードメーカ。
ノゼミ(♀):クールだけど世話焼き。
オタマ(♀):おっとりでちょっとドジ。

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<声劇メモ>

・この台本は本来役の名前が決まっておりません。
 こちらは名前有り版ですが、名前無し版がこちらにありますので
 それも良ければお使い下さい。

・使用前に一度更新(F5)お願いします。
・会話劇ですので、間は自由にとってください。
・アドリブも大丈夫ですが、演者同士意思の疎通がとれる範囲でお願いします。
・言い回しや語尾は変えて頂いて大丈夫です。

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    季節は冬。19時頃。
    アパートの一室にマッスンがいる。
    玄関のチャイムが鳴る。

 

マッスン:はーい

ノゼミ:わたしー

 

    ドア越しにノゼミの声。
    マッスン、ドアを開ける。

 

マッスン:よう、早かったな

ノゼミ:まだ私だけ?

マッスン:さっき駅着いたってオタマからメール来た。キヨも一緒だってさ

ノゼミ:あっそう、じゃ、おじゃましまーす

 

    ノゼミ靴をぬいで入る。

 

マッスン:だいぶ寒いだろ

ノゼミ:ホント、急に寒くなったよね

マッスン:朝晩特にな。着るもんに困る

ノゼミ:風邪ひかないようにしなきゃ…今休めないのよね

マッスン:社畜は大変だな

ノゼミ:ふんっ、…あ、これお土産。冷蔵庫入れといて

マッスン:なにこれ?

ノゼミ:ロシアンミニシュー

マッスン:は?なにそれ

ノゼミ:知らないの?!最近話題急上昇中!スリルたっぷり!ロシアンミニシュー!

マッスン:ロシアのシュークリームか?

ノゼミ:違う。ロシアンルーレット。ミニシュー10個のうち、1つに罰シュー入ってんの!

マッスン:ばつしゅー?何入ってんだ?

ノゼミ:塩辛とか

マッスン:げぇっ

ノゼミ:大丈夫、案外イケるから

マッスン:食ったことあんのか?

ノゼミ:まさか、今のところ無敗!

マッスン:食ったこともねえのにイケるとか言うな。…っていうかこんなもん、どこに売ってんだよ

ノゼミ:駅前におっきなワゴン車あるの、見たことない?

マッスン:…ああ、あれか

ノゼミ:ガチで人気なのよ?みんなでわいわいするとき盛り上がんの

マッスン:よくわからん

ノゼミ:アンタ、シュークリーム好きだったじゃん

マッスン:は?

ノゼミ:中学の卒業文集に書いてたでしょー「好きな食べ物:シュークリーム」

マッスン:書いたか…?

ノゼミ:うん

マッスン:覚えてない。…っていうかよく覚えてるな

ノゼミ:いや…別に覚えてたわけじゃないし!名簿と一緒に出てきたから…偶然見ただけですー!

マッスン:なるほど

ノゼミ:ねえ、なんか飲むもんある?

マッスン:ない

ノゼミ:じゃあ座る前に買ってくる。何がいい?

マッスン:俺は何でもいい。…あ、酒は買うなよ

ノゼミ:わかってるってー、じゃ、いってきまーす

 

    ノゼミ、財布だけ持って出ていく。

 

マッスン:…ま、あいつなら大丈夫か…

 

    マッスン、ロシアンミニシューを冷蔵庫に入れていると、またチャイムが鳴る。
    ドアを開けながら言う。

 

マッスン:なんだ、忘れものか?

オタマ:やっほー!

キヨ:よう!

マッスン:お前らか

キヨ:忘れ物かって…、女か!女がいるのか!?

マッスン:(溜息)ノゼミだよ。コンビニ行ったの

キヨ:付き合ってんのか?

マッスン:地球最後の男女になってもそれはない

オタマ:私は?

マッスン:お前な…

キヨ:俺は?

マッスン:流れで聞くな。っていうか寒い、さっさと入れ

キヨ:おじゃましまーす

オタマ:あ、これお土産

マッスン:お、ありがと。…ん?この袋…

オタマ:ロシアンミニシューだよ!最近話題急上昇中!スリルたっ…

マッスン:ノゼミも同じの買ってきたんだけど…

オタマ:ああ、それなら大丈夫!

マッスン:なにが?

オタマ:ノゼミとは違うコースだと思うから!

マッスン:…コースあるの?

オタマ:うん、えっとね、いコースと、ろコースと、はコースと…

キヨ:いろはとは渋いな

オタマ:にコースと、ほコースと…

マッスン:え、いくつあんの?!

オタマ:へコースと、とコース

マッスン:…

オタマ:私は、にコースと、とコースだけど、たぶんノゼミは違うと思う!

マッスン:なんかどうでも良くなってきた。おい、さっさとはじめるぞ

オタマ:せっかく買ってきたのに!並んだんだよ!

マッスン:並ぶのか?これに?

キヨ:俺も思った。でもホントに行列できてんの

マッスン:へえ、…お前も並んだの?

キヨ:だってこいつが一緒に並べって言うから

オタマ:キヨだけ並ばないとかずるい

キヨ:え、ずるいの意味がわからない

マッスン:わざわざねえ…

オタマ:そうだよ!並んで買ったのに!

マッスン:あー、…わかった。アリガトウ

オタマ:ふふん!どういたしまして!

マッスン:まさか酒、持ってきてねえだろうな

オタマ:持ってきてないよー

マッスン:ならいいが。おいキヨ、お前も持ってきたり…

 

    キヨ、こたつに無理な姿勢でもぐりこみ、首だけ出している。

 

キヨ:はああ…仕事で疲れた体に、こたつの暖かさが染み渡る…

マッスン:…キヨ、こたつで寝るな

オタマ:あーいいなあ

マッスン:起きろ。俺は徹夜する気はないからな。さっさと済ませて、お前らは終電で帰れ

オタマ:私、お泊りセット持ってきたよ、ほら!歯ブラシ!

マッスン:は?

キヨ:俺も愛用の枕持ってきた、あと、歯ブラシー!

マッスン:おまえらな…

 

    再び玄関のチャイム。

 

マッスン:はいはいー!

 

    ノゼミ戻る。

 

ノゼミ:ただいまー

オタマ:あ、おかえりー

キヨ:よお!

ノゼミ:やっほー

マッスン:おい、こいつら泊まる気で来たらしいぞ

ノゼミ:だから?

マッスン:だから?いやいや、俺は泊まりなんて…

ノゼミ:(無視して)はいはーい、飲み物配るよ。オタマはミルクティでしょ

オタマ:あー!ありがとう!

ノゼミ:で、キヨはコーラ

キヨ:ビールじゃねえの?

ノゼミ:てめえの店から持ってこい。お中元解体セールの残り、倉庫にあるでしょ

キヨ:なんで知ってんのコワイ

ノゼミ:あ、そう、コーラいらないわけねー!

キヨ:いります!ください!

ノゼミ:で、マッスンは何でもいいって言ってたから…はい、おしるこ

マッスン:…

 

    マッスン、ノゼミが歯ブラシセットを持っているのに気付く。

 

ノゼミ:なに?甘酒が良かった?

マッスン:いや、言いたいことは色々あるけどさ、まずお前が手に持ってるの、何?

ノゼミ:あ、これ!?じゃーん!マジカルサイダー!【飲むたびに味が変わる!】ってちょっと楽しくない??

マッスン:それもまず置いとこう、そうじゃなくて左手に何持ってんだ

ノゼミ:歯ブラシ

マッスン:まさかお前も泊まる気じゃないだろうな

ノゼミ:だって、どう考えても終電前に終わる作業じゃないわよ?

マッスン:資料を揃えてくれればいい。後は俺がやるから

ノゼミ:また水臭いこと言っちゃって

オタマ:そうそう、私たちが最後までお手伝いするよ~

マッスン:逆に時間がかかるような

オタマ:なによう!

マッスン:…わかったわかった。まずはキヨを起こせ

ノゼミ:あ、寝てるし…ちょっとキヨ、起きなさいよ

キヨ:…(目を閉じている)

ノゼミ:起きないんだけど

オタマ:起きないね

マッスン:起きなきゃバーナーで焼くぞ

キヨ:どうぞー

マッスン:わかった、おいノゼミ、流しの下のバーナー持ってこい

ノゼミ:バーナー持ってんの?

オタマ:流しの下にあったよ!

ノゼミ:へえ、見てこよ

 

    ノゼミ、台所へ行く。

 

キヨ:ふっふっふ…俺はそんな嘘に騙されないぜ…
   一般家庭の、しかも滅多に料理もやらない独身男の家に
   バーナーなんてあるはず…

 

    ノゼミ、バーナーを持って戻ってくる。

 

ノゼミ:ねえ、これ?

マッスン:ああ

キヨ:え、ちょ!待って!

マッスン:焼け

オタマ:やけー!

ノゼミ:キヨ、お覚悟

キヨ:あーあーあー!起きました!

マッスン:よし、始めるぞ

キヨ:こええ…

オタマ:えーやかないの?

キヨ:オマエが一番怖いわ

ノゼミ:っていうか、バーナーとかなんで買ったの?

マッスン:あぶり焼き用に買った

ノゼミ:カツオ?サーモン?

マッスン:クリームブリュレ

オタマ:一番なさそうなところきた

キヨ:使ったのか?

マッスン:まだ使ってない。だからオマエで試そうかと思って

キヨ:試さないで!あと真顔で言わないで!

ノゼミ:はいはいはいはい、はじめるわよー!座ってー

 

    マッスンとノゼミもこたつに入り、4人が顔を突き合わせる。各々バッグから色々出す。

 

ノゼミ:えーっと、…じゃあまずはー、今連絡取れる人をあげていってー、で、実際連絡して…

キヨ:なあ、もっと生徒会みたくしようぜ

ノゼミ:はあ?

キヨ:だってなんか懐かしいじゃん、こういう会議?みたいなの?中学以来!

マッスン:お前な…

キヨ:いいじゃんいいじゃん!やろうぜー!

ノゼミ:アンタね…

オタマ:私もききたーい!

ノゼミ:(溜息)…ではこれより、二中生徒会、臨時会議を開催いたします

マッスン:やるのか…

キヨ:いよっ!敏腕書記!

ノゼミ:元ね。えー…今回の議題は「同窓会出欠確認に伴う【連絡先一覧表】の作成について」です。

    皆様、各自持ち寄った資料の掲示をお願い致します。

    尚、作成に伴い、あらかじめ卒業アルバムの連絡先より一覧表(仮)を準備しております

オタマ:かっこいい!

 

    間。

 

ノゼミ:じゃ、マッスン、あとの説明よろしく

マッスン:はあ?俺もやんの?

キヨ:よっ!生徒会長!

マッスン:元な。…ったく。
     では連絡先一覧表(仮)をまわしていきます。年賀状やその他の付き合い等で連絡先を知っている場合は
     各自追加の記入をお願いします。記入が終わりましたら一覧表(仮)の確認作業を行います。
     全員、連絡先を知らない場合は、連絡が取れそうな人を経由して調べるか、実家に連絡します。
     ここまでで、何か質問や意見はありますか

オタマ:異議なーし!

ノゼミ:会長、ありがとうございます

マッスン:なんで俺まで…

ノゼミ:よし!誰から書く?私の分はもう書いてるから

キヨ:俺からやる!

ノゼミ:はい、どーぞ

 

    ノゼミ、キヨに一覧表を渡す。

 

キヨ:えーっと、これと、これと…よし、終わり!

ノゼミ:え!?もう?!

キヨ:俺、あんま連絡取ってる奴いねーもん

オタマ:人気ないんだねー

マッスン:おいオタマ、本当のことを言うな

キヨ:おまえらな…

オタマ:じゃあ次!私ねー!

 

    オタマ、一覧表にかきはじめる。

 

キヨ:…にしてもさ、ハンちゃんも困ったもんだよなあ

マッスン:そうだな…俺、先生に会ったの中学卒業以来だったわ

ノゼミ:私も!それが…居酒屋で偶然ばったりとかねー

キヨ:今も4人で遊んでるのか?ってな

ノゼミ:あの頃はそこまでつるんでなかったよね?

マッスン:お前たちを見ていると懐かしくなるなあ…って話から

キヨ:同窓会しよう!!お前たち幹事な!!…とかさ

マッスン:高校の同窓会ならわかるが…中学はなあ…

ノゼミ:おとなしい顔して、昔から無茶ぶり多かったよね、ハンちゃん

キヨ:そういえば、前から気になってたんだけど、なんでハンちゃんなんだ?

マッスン:板坂(いたさか)先生か?

キヨ:ああ。なんかみんな呼んでたから俺もなんとなく呼ぶようになったけど

マッスン:オタマだよ。あだ名付けるの好きだったからな

キヨ:おかしなやつ多かったよな

 

    3人、オタマをみる、オタマ書くのに集中している。

 

マッスン:何も言ってこない…

キヨ:コイツ、なんかやってる時はいつもこうだぜ。悪口言っても聞こえてねえから

ノゼミ:ねえねえ、アイちゃんって覚えてる?

キヨ:あー覚えてる!…けど、名字なんだったっけ

ノゼミ:渡(わたり)

マッスン:渡(わたり)ってアイって名前だったか?

ノゼミ:ううん、祥子

キヨ:なんでアイなんだ?

ノゼミ:この子、渡(わたり)さんのこと渡(わたし)さんって呼んでたのよ

マッスン:ああ…だから、私=Iでアイちゃんか…

キヨ:あの頃は、なんの疑問もなくあだ名で呼んでたなあ…

ノゼミ:マッスンは、名字で呼んでたよね、私たち以外

マッスン:ごちゃごちゃしてくるからな。基本名字だ

オタマ:書けたー!次誰?!

マッスン:うん、俺しかいない

オタマ:はい、どーぞ!

マッスン:えっと、残ってるのは…

 

    マッスン、一覧表に書いていく。

 

キヨ:なあ、なんでハンちゃん?

オタマ:先生?

ノゼミ:うん

オタマ:イタタカ先生ってどっちの漢字にも、反対の「反」の字が入ってるでしょ。

    だからハンちゃん。(※イタタカは誤字ではありません)

キヨ:なんだって?

オタマ:だから、イササカ先生の字に反の字が入ってるからハンちゃん。

    わかった?(※イササカは誤字ではありません)

キヨ:…

ノゼミ:…

オタマ:まだわかんないの?にぶいなあ。じゃあ紙に書くー

キヨ:いや、わかった。すまん

ノゼミ:ごめん

オタマ:わかればよろしい!

 

    キヨとノゼミひそひそと。

 

キヨ:(あいかわらず発音甘いんだな、オタマ)

ノゼミ:(いまだにイタサカが言えないのね…)

キヨ:(サザエさんか!ってツッコミたいけど…いいか?)

ノゼミ:(余計なことすんな)

オタマ:ねぇ、マッスン、できた?

マッスン:まだだ…ノゼミに遊んでもらえ

オタマ:はーい

ノゼミ:キヨに遊んでもらいなさあい

キヨ:俺はお守り担当じゃねえぞ

オタマ:ねえ、ロシアンミニシュー食べようよ

キヨ:はああ?

オタマ:ローシーアーンーミーニーシュー!たーべーよーうーよー!

キヨ:あのなあ…

ノゼミ:ちょっと、しっかりお守りしてよ、アンタそのために来たんでしょ

キヨ:彼氏でもねえのに何で俺が…!

ノゼミ:手ぶらで来ておいて、なんか文句あんの!?

キヨ:わかりましたよ!持ってくりゃいいんだろ…

 

    キヨ、ブツブツ言いながら席を立って台所へ。

 

マッスン:理不尽だな…まあ、俺じゃないからいいが

キヨ:(台所から)聞こえてるぞ!

オタマ:ねえねえ、ノゼミは何コース買ったの?

ノゼミ:私は、いコースと、ろコース…

オタマ:(マッスンに)ほらね!被ってないでしょ!

マッスン:ああ、そうだな

 

    キヨ、戻ってくる。手には4つの袋。

 

キヨ:ほらよ、好きなの食え

オタマ:やったね

キヨ:まったく…

 

    オタマ、袋を前に腕を組む。

 

オタマ:うむむむむ

ノゼミ:なに、どしたの

オタマ:ねえ、マッスン、大きなお皿なかったっけ?

マッスン:ない

オタマ:えー

マッスン:一人暮らしの男の家に大皿なんてあるわけないだろ

オタマ:あ!前に鍋パーティしたときの土鍋は?

マッスン:あーあったな、確か…

ノゼミ:台所のキャビネットよ。鍋パの後、私、しまったから

オタマ:よし!取ってくる!

 

    オタマ、席を立って台所へ。
    台所から「ここかなあ」といった何かを探す声。

    ほどなく、鍋や何やらが落ちる盛大な音。
    オタマの何ともいえない情けない声が聞こえてくる。

 

オタマ:ふぁああぇぇぇああ~

 

マッスン:(溜息)

キヨ:(溜息)

 

    ノゼミ、キヨを睨む。

 

キヨ:だからなんで俺なんだよ!

ノゼミ:とっとと行きなさいよ

 

    キヨ、ブツブツ言いながら台所へ。

 

マッスン:あいつら、何しに来たんだ…

ノゼミ:昔から気持ちだけはあるんだけどね。にしても…

マッスン:ん?

ノゼミ:そっちこそ、相変わらずね

マッスン:なにが

ノゼミ:仕事とかさ、大丈夫なの?しょいすぎてない?

マッスン:何だよ急に、オーバーだな

ノゼミ:『資料を揃えてくれればいい。俺やるから』とかさ

マッスン:オマエも似たようなもんだろ

ノゼミ:アンタほどじゃないわよ

マッスン:…ま、クセみたいなもんだな

ノゼミ:クセは性格になるわよ。たまには頼ったら?

マッスン:お前も変わんねえな

ノゼミ:アンタに言われたくないんですけど

 

    一覧表を書いていたマッスンの手が止まる。

 

マッスン:…なんか前にも同じことを言われたような…

ノゼミ:え?

マッスン:たまには頼ったら…って

ノゼミ:へえ、アンタにそんなこと言えるオンナいるんだ

マッスン:なんで女限定なんだよ

ノゼミ:べつに~。いいんじゃない?

 

    キヨとオタマ戻ってくる。キヨの手には土鍋。

 

キヨ:なんで流しの下から土鍋取るだけなのに、あんだけ散らかせるんだよ!

オタマ:なんか色々出てきた

キヨ:出したんだろ!

マッスン:おい、ちゃんと元通りにしたんだろうな

オタマ:ばっちり片付けたよ

キヨ:俺がな!

ノゼミ:で、その土鍋で何すんの?ミニシュー煮るの?

オタマ:煮ない!

マッスン:バーナー貸そうか?

オタマ:焼かない!こうするのだー!

 

    オタマ、土鍋にミニシューを次々入れていく。

 

オタマ:これで公平!

マッスン:土鍋にシュークリームの小山…

キヨ:シュールな光景だ

オタマ:じゃあ…いっただっき…

マッスン:あ、俺終わった

オタマ:えー!

ノゼミ:じゃ、始めるわよ。…キヨ、これ(土鍋を指さして)冷蔵庫にしまって

キヨ:また俺かよ!

ノゼミ:しまって

キヨ:なんだよもう…

 

    キヨ、土鍋を抱えて台所へ。

 

オタマ:ああああーわたしのみにしゅーーー

ノゼミ:よしよし、あとでね

マッスン:終わったら煮るなり焼くなり好きにしていいぞ

オタマ:煮ないし焼かない!

ノゼミ:じゃあ、まずは誰が誰に連絡するのか確認ね

オタマ:はあい

ノゼミ:まずは私が相川さん、高橋くん、手塚くんと平野くん。
    で、オタマは、佐々木さん、鈴木さん、中川さん、林くん、森川さんね

オタマ:らじゃらじゃ

 

    キヨ、戻ってくる。

 

キヨ:うーさっぶ!

ノゼミ:あ、キヨは井上くん、中野くん、横山さん

キヨ:らじゃらじゃ

オタマ:あーマネしたーそれにすくなーい!

ノゼミ:友達いないのよ、察してやりなさい

キヨ:ノゼミ!お前だって少ねえじゃねえか!

ノゼミ:私はこれを取りまとめてんのよ?アンタ他に何かしてんの?

キヨ:すみましぇん

ノゼミ:で、マッスンは上田さん、加藤くん、川上さん、田中さん、松本さんと…松本さん、森山くん、山田くん

マッスン:わかった

キヨ:女子ばっか!!モテ男め!

マッスン:うるさい

ノゼミ:…じゃあ、丸のない人挙げていくわね。連絡先知ってそうな人に心当たりあれば言って。
    いないなら、私が実家に連絡するから。えっと、まずは…坂本くん

 

    間。

 

オタマ:あ、ササモチが知ってるかも

マッスン:ササモチ…

キヨ:佐々木だな

オタマ:うん、同じ大学だから

ノゼミ:じゃあオタマお願いね

オタマ:らじゃらじゃ!

ノゼミ:次は、谷くん

 

    間。

 

マッスン:…松本なら知ってるかも

ノゼミ:どっちの?

マッスン:涼子

オタマ:付き合いあるの?

マッスン:中学の頃こいつら付き合ってた

キヨ:へー

マッスン:へーじゃねえだろ。お前が険悪にしたくせに

キヨ:俺が?なんで?!

マッスン:お前らケッコンしたら谷涼子だなー!背負い投げとかしそう!って

ノゼミ:うわー

キヨ:…俺、そんなこと言ったっけ??

マッスン:お前のその発言で別れ話に発展した

オタマ:え!で、どうなったの!?

マッスン:谷が『俺が婿になるよ!』でおさまった

ノゼミ:キヨひどーい

キヨ:もう時効だ!!

オタマ:ひどーい!

マッスン:おい、話がそれてるぞ

ノゼミ:あ、そうだった。じゃあマッスン、松本涼子経由でよろしく

マッスン:ああ

ノゼミ:で、次は姫野さん

キヨ:ぐはあっ!!!

ノゼミ:え

マッスン:え、なに

キヨ:ひめの…さん…

オタマ:なになにー?

ノゼミ:連絡先知ってんの?

キヨ:しら、ない…

マッスン:なんだそれ

ノゼミ:紛らわしいわね

オタマ:姫野さん、初恋だったりして!!

キヨ:ぐはあぶぁあっ!

オタマ:姫野さんかわいかったもんね!

ノゼミ:ぶりっことも言うけど

キヨ:お前!姫野さんを悪く言うと承知しねえぞ!

ノゼミ:はいはいゴメンナサイ。で、連絡先は知らないわけね?

キヨ:残念だが…

ノゼミ:めんどくせえ…

マッスン:加藤が知ってんじゃないのか?付き合ってたし

キヨ:はいい!?!

ノゼミ:へー、そうなんだ

キヨ:いつ?!中学の時?!!

マッスン:ああ

キヨ:知らなかった…

オタマ:失恋だねえ、キヨかわいそう

キヨ:うるせえよ!

ノゼミ:じゃあマッスン、加藤くんに聞いてもらえる?

マッスン:わかった

キヨ:(溜息)

ノゼミ:次は村上くん

 

    間。

 

オタマ:もしかしたらマリリンがわかるかも

マッスン:マリリン…

ノゼミ:森川さんね、接点あるの?

オタマ:同じ町内!

ノゼミ:じゃあ聞くだけきいてみて?

オタマ:らじゃらじゃ!

キヨ:おまえ、それ言いたいだけだろ

ノゼミ:で、ラストが渡(わたり)さん

オタマ:アイちゃんなら、二中にかけたらいんじゃない?

ノゼミ:は?わたしらの?

オタマ:そう、アイちゃん、先生してるから

キヨ:へー!すげえな

オタマ:だから学校にかけたら確実にいると思うよ

ノゼミ:私用電話いけるのかな

マッスン:俺かけるよ

ノゼミ:いいの?

マッスン:ああ、…ま、この時間じゃいないだろうし、明日かな

ノゼミ:私しようか?

マッスン:別に電話くらい、いいよ

キヨ:にしても、マッスンは女子の連絡先いっぱい知ってんな!

マッスン:ほとんど合コン

ノゼミ:なるほど

キヨ:えーーー!俺は!?

マッスン:うるせえ

オタマ:私は?!

マッスン:ノリで言うな

キヨ:なんで合コンする流れになったんだよ、マッスンばっかり!

マッスン:俺というより、俺の会社と合コンしたかったんじゃないの?

オタマ:おほー辛辣ー

キヨ:さりげないモテ発言…!

マッスン:めんどくさいだけだろ

オタマ:ねえねえ、お店どうするの?

ノゼミ:まだそこまで考えてない

キヨ:横山に聞いてみようか?

ノゼミ:横山さん?なんで

キヨ:レストランやってんだよ。結構美味いの

マッスン:へえ

オタマ:私たちの歳で店とかすごいね!

キヨ:だから、同窓会用に貸し切りとかできねえかなって思って

ノゼミ:じゃあ聞いて貰っていい?最大で30人いけるかどうか、…まあそんな集まんないだろうけど

キヨ:オッケー!

オタマ:ねえねえ、なんのレストラン?

キヨ:イタリア…スペイン??でもそんなに高くねえんだって

オタマ:わー!おっしゃれー!

ノゼミ:じゃあこれで全員ね。確か全部で30人だったから私たちをいれて合ってれば問題なし!

マッスン:意外とスムーズだったな

オタマ:ねー

キヨ:店も横山のとこで決まればサックサクなんだけどな

ノゼミ:…あれ

キヨ:お、どした?

ノゼミ:25人しかいない。私達抜いて

マッスン:誰か飛ばしてるのか?

ノゼミ:卒アル丸写しだからそんなことは…29人だったっけ?

キヨ:いや、30人だった

ノゼミ:そうよね…春の運動会でハチマキ30作ったもん

キヨ:え、あれお前の手作りだったの?

ノゼミ:うん

キヨ:え、一人で?30?

ノゼミ:やるのやらないのメンドクサかったから、はいはいやります、ってなっただけ

マッスン:はい、お互いさま

ノゼミ:うるさい。1人抜けてるのかなー確認したつもりだけど…

オタマ:あ!ナベちゃんじゃない?

ノゼミ:え?

オタマ:だから、ナベちゃんが入ってないからじゃない?

マッスン:ナベ…

オタマ:ほら!いたじゃん!3年の1学期にきた転校生!

 

    しばらくみんな考え込む。

 

ノゼミ:…あ

キヨ:あああ!

マッスン:いたな…

オタマ:そう!ナベちゃん!

ノゼミ:じゃあ、ワタナベ…?

マッスン:まあ、そうだよな

キヨ:それ以外ないよな

オタマ:1学期だけで転校しちゃったもんねーだからちょっとしかいなかったけど

マッスン:ああ…

ノゼミ:そうだったわねー、思い出した

キヨ:俺も!はっきり!

オタマ:ねえ、ナベちゃんも呼ぼうよ

マッスン:いや、無理だろ

オタマ:なんでー

ノゼミ:あのね、普通に考えて、誰一人連絡先わかんないんだからさ、転校してるわけだし

オタマ:あーそっかー!いい奴だったのになあ、ナベちゃん

ノゼミ:はいはい!とりあえず、ナベちゃんはおいといて。まずは連絡が先。
    今からかけていきましょ。私たちもそうそう集まれないし、できることはさっさとね

キヨ:ういー

マッスン:できれば日程の候補も決めたいけどな…まずは連絡がとれるかどうか確認してからだな

オタマ:私、隣の部屋借りるねー!

キヨ:じゃあ俺ここー!

ノゼミ:ここは私

マッスン:キヨは台所行け

キヨ:さみーだろ!!

ノゼミ:貴様は女を寒いところへ行かせて、てめえ一人だけぬくぬく過ごすゲス野郎だったのか…?

キヨ:ひどい言い方!

マッスン:俺は寝室行く。あんまり長電話するなよ、用件のみでさっさ頼む。

     ここに一覧表置いとくから終わったら書き込め。以上

 

    各々返事をしてから散開していく。
    しばらくの間、誰かと話している声があちこちから聞こえている。

 

    間。

 

    ノゼミ、こたつで丸まっているところへ、キヨが戻ってくる。

キヨ:だーーー寒っー!!

ノゼミ:おつ

キヨ:ぬくぬくしやがって…そっち終わったのかよ

ノゼミ:終わってた

キヨ:はあ?

ノゼミ:ここ来る前に終わってたー!

キヨ:はあ?はあ??だったら俺がここで連絡して良かったんじゃねえの!?

ノゼミ:あーぬくい

キヨ:てめえ…!

ノゼミ:で、そっちは?

キヨ:(小声で)覚えてろよ…

ノゼミ:そっちは!?

キヨ:はい!井上、中野おっけーであります!横山は連絡ついてないけど、留守電入れてます!

ノゼミ:うむ、ごくろう。こたつに入るがよい

キヨ:このやろう…(こたつに入る)あーーーあったけええーー

ノゼミ:あー…一服したい

キヨ:ここで吸ったら殺されんぞ。ベランダ行けば?

ノゼミ:外寒いから我慢する

キヨ:ま、確かに

ノゼミ:キヨ、煙草やめたの?

キヨ:たまーに吸ってるかな。ストレス発散に

ノゼミ:あー、そういうとき欲しくなるもんねー

キヨ:お前、酒は?控えてんの?

ノゼミ:んー、まあね、…なんで?

キヨ:親父がさ、ノゼミちゃん来ないけど引っ越しでもしたのかって

ノゼミ:あはは。おじさん元気?

キヨ:悠々自適だよ。ま、この仕事しんどいからな、早めに引っ込んで良かったんじゃねえの

ノゼミ:おじさんいるほうが良かったなあー酒代まけてくれたし。…キヨはぜんぜんまけてくんない

キヨ:その腹いせに柿ピー持っていくだろうがよ。あれ、万引きだからな

ノゼミ:社長が見てる前だからセーフ

キヨ:セーフじゃねえよ、こんなときばっか社長とかいうな。店つぶす気か?

ノゼミ:つぶさないわよー売上に貢献してるでしょ?

キヨ:柿ピー持ってかれたら意味ないんですけど

ノゼミ:つけといて

キヨ:おっさんかよ

ノゼミ:じゃあ今度、ビール配達してもらおうかなー、浴びるように飲みたい

キヨ:…なんか、あったのか

ノゼミ:え、なんもないけど

キヨ:そうか、いや、お前が飲む時って、悩んだり、落ち込んだりしたときだから、さ…

ノゼミ:…

 

    間。

 

キヨ:まあ、何もないならいいんだ

ノゼミ:親子で心配してくれるんだ

キヨ:べつに

ノゼミ:だったら…お歳暮ちょうだい!ビール3種詰めあわせ!

キヨ:うるせえ

ノゼミ:解体セールの残りでいいからあ。…燻製おつまみセットもあったよね?

キヨ:だからなんで倉庫の中身知ってんの?

ノゼミ:ふふー内緒

キヨ:それオタマじゃん

ノゼミ:うん、オタマの口癖、マネしてみた

キヨ:お前が言うと怖いわ

ノゼミ:ふふふ

 

    間。

 

ノゼミ:…でさ、横山さんの料理、いつ食べたの

キヨ:あ?なんだ突然

ノゼミ:さっき、結構美味いって。レストラン行って食べたの?

キヨ:ああ、配達だよ。ワイン。そんとき「おおー久しぶりー」ってなって、休憩時間だったからちょっと喋った

ノゼミ:へー

キヨ:で、新メニューの試作?とかなんとかで時々食わせてもらってるんだけど、それがまた美味いんだよ

ノゼミ:ふーん、そう

キヨ:…なんだよ

ノゼミ:べつに、…携帯、鳴ってるんじゃないの?ブーンって聞こえるけど

キヨ:お!横山だ!んじゃな

 

    キヨ、台所へ行く。

 

ノゼミ:…ここで喋ればいいのに

 

    隣の部屋からオタマがくる。

 

オタマ:終わったー

ノゼミ:あ、おつかれ、どうだった?

オタマ:バッチリ!あとはぬくぬくミニシューたーいむ!

ノゼミ:心ゆくまでどーぞ

オタマ:ノゼミはどうだった?

ノゼミ:ん、こっちも終わった。キヨももうすぐ終わるんじゃない?

オタマ:そっかー。ふふ。なんかさー、みんなに会えるとか、懐かしいよね

ノゼミ:卒業以来だもんね

オタマ:ナベちゃんもいたらいいのになー

ノゼミ:ナベちゃんね…

 

    間。

 

ノゼミ:…オタマ、そのことなんだけどさ…

 

    キヨ、台所から戻ってくる。

 

キヨ:横山参加おっけーだって!

オタマ:おーやったね

キヨ:店は立食だったら30いけるかもってさ。
   仕入れとかあるらしいから、スケジュール確認してもらってる

ノゼミ:そ、ありがと

キヨ:オタマ、もう終わったのか?

オタマ:おわったー!

キヨ:ぼーっとしてるくせにこういうのは早いんだよな…

ノゼミ:オタマは結構しっかりしてるわよ。言動はちょっとアレだけど

オタマ:ほめられたー!

キヨ:前半は褒めてるけど、後半は違うからな…(携帯がなる)っと、きたきた
   もしもし?何度もごめんなー、え?そうなの?…(楽しそうに笑いながら台所へ)

 

    間。

 

ノゼミ:…

オタマ:どしたの?

ノゼミ:ねえ、いいの?

オタマ:ん?

ノゼミ:キヨ、横山さんと結構仲良さそうよ

オタマ:へえ

ノゼミ:さっき、姫野さんがどうとか言ってたし、いいの?

オタマ:なにが?

ノゼミ:なにがって…別に、いいのかなあって思ったから…

オタマ:ノゼミさ、私がキヨのこと好きって、思ってる?

ノゼミ:え

オタマ:だって、何かっていうとキヨを呼ぶから

ノゼミ:…

オタマ:ノゼミ?

ノゼミ:…前に、…キヨとずっと一緒にいられたらな…って言ってたから…

オタマ:えー!そんなこと言った!?

ノゼミ:言ったよ!夏に4人でドライブ行った時!

オタマ:んー…あ!言ったね!言った!

ノゼミ:うん。だから、オタマがそう思うなら…何かできないかなと思って…

オタマ:だからかあ!なんでだろーって思ってたの!…でも違うよ?

ノゼミ:…違う?

オタマ:あれね、キヨとは言ってないよ?

ノゼミ:え、いや、だって車の中で…

オタマ:違うんだなー

ノゼミ:じゃあ、誰の事…

オタマ:あのとき私がそう言ったのはねえ…

 

    間。

 

オタマ:ふふー内緒!

 

    間。

 

ノゼミ:…そう

オタマ:…ノゼミは人の心配ばっかり。マッスンみたい。しょい込みすぎてないか心配だよ?

ノゼミ:私はアイツ程じゃないわよ。…そりゃ昔は似たようなとこあったけど、今は違う

オタマ:そうかなー

ノゼミ:そうよ。似てません

オタマ:なんでもバリバリできて、二人ともかっこいいけどなあ

ノゼミ:…私は、マッスンみたいに何でもパパっとできない、…悔しいけど

オタマ:くやしい?

ノゼミ:あー、いい。忘れて。こんなこと言ったって仕方ないし

オタマ:本音言わないとこも似てる

ノゼミ:そんなに私とマッスンを似せたいの?

オタマ:似せたいんじゃなくて、似てるなあって。思い込みが激しいとこも

ノゼミ:私は別に思い込んでなんて

オタマ:私ね、彼氏いるよ?

ノゼミ:え

 

    間。

 

ノゼミ:…いつから

オタマ:三ヶ月くらい前かな。今日、ノゼミに言おうと思ってたの

ノゼミ:そう…

オタマ:お祝いしてくれる?

ノゼミ:…もちろんよ、良かったね

オタマ:うん、ありがと!…だから、いいんだよ?

ノゼミ:…なにが…?

オタマ:無理しなくても

 

    間。

 

ノゼミ:オタマ…私は…(携帯が鳴る)…え?知らない番号…

 

    キヨ、戻ってくる。

 

キヨ:あ、それ横山。お前の番号教えた

ノゼミ:ああ、そう…

キヨ:俺、詳しいことわかんねーからさ、直で話してよ

ノゼミ:…わかった、隣行く

 

    ノゼミ、隣の部屋へ行く。

 

キヨ:…ここで喋りゃいいのに

オタマ:ん?なに?

キヨ:別に。…あー終わった終わったー!

オタマ:おつかれちゃん!

キヨ:…なんかあったのか?

オタマ:なにがー?

キヨ:暗い感じだったから

オタマ:なにもないよ?

キヨ:そっか

オタマ:彼氏できたって言っただけ!

キヨ:へーおめっとさん

オタマ:ありがと!

キヨ:…なるほどね

オタマ:なに?

キヨ:…いや、いいの?

オタマ:これでいいのだ

キヨ:そっか、ならなんも言わね

オタマ:ねえねえ、お祝いに、土鍋とってきてよ!

キヨ:てめえで行け

オタマ:むー!ノゼミー!キヨがいじめるー…!

キヨ:わー!わー!わー!わかったって!!

オタマ:ホント、キヨはノゼミに弱いねえー

キヨ:はいはい、取ってくりゃいいんだろ

 

    キヨ台所へ再び戻る、オタマペットボトルのミルクティーを飲む。

 

オタマ:くはーうまい。やはり冬は激甘ミルクティーに限りますな!

 

    オタマ、ノゼミが買ってきたマジカルサイダーをジロジロとみる。

 

オタマ:マジカルサイダー…飲むたび味がかわる…!これは、飲んでみるべきよね…!

 

    オタマ、マジカルサイダーを一口飲む。

 

オタマ:おほ…!これは(お好きな味)味…!美味しい!もう一口!!

 

    オタマ、マジカルサイダーをさらに一口飲む。

 

オタマ:げへっ…(嫌いな味)味になったあ…うえええええええ、ミ、ミルクティィィを…!

 

    キヨ台所から土鍋を持って戻ってくる。

 

キヨ:ほらよ…って、何やってんの

オタマ:ミルクティがぶ飲みしてた

キヨ:腰に手あててか?風呂上がりじゃねえんだから

オタマ:あーミニシュー!!ありがと!

キヨ:なあ、これはずれ入ってるんだろ?塩辛とかなんとか

オタマ:うん、罰シューね!

キヨ:ばつしゅーあたれ!あたれ!

オタマ:いっただきまーす

 

    オタマ、一つを頬張る。

 

オタマ:んふー、チョコおいしい

キヨ:ちっ

オタマ:次はキヨね

キヨ:いらね

オタマ:ひとりで食べてもつまんないじゃん!

キヨ:みんな戻ってからでいいだろ

オタマ:ねえ!食べなよお!!

キヨ:あーわかった!食えばいいんだろ食えば!

 

    男、適当にひとつ口に放る。

 

キヨ:…お、うまい、カスタードか

オタマ:でしょー

キヨ:へー、うまいもんだな。ロシアンとかやらないで普通に売りゃいいのに

オタマ:それじゃあ、スリルとサスペンスが足りないじゃないの

キヨ:シュークリームにスリルいらねえだろ。…ちなみに【ばつしゅー】って何が入ってんの

オタマ:ノゼミが買ってきたのには、イカの塩辛と、カラシ

キヨ:うげ

オタマ:で、私が買ってきたのには、おろしにんにくと豆板醤

キヨ:げええええええ!

オタマ:オーバーだなあ

キヨ:俺…豆板醤苦手…

オタマ:そうだっけ?

キヨ:食えないわけじゃないけどさ…子供の頃はぜんっぜんダメ。
   …豆板醤にカスタードとか…うぇ、絶対吐く

オタマ:ふうーん

 

    オタマ、シュークリームを食べる。

 

オタマ:むふふーストロベリー

キヨ:あ

オタマ:どしたの

キヨ:ナベちゃん。…ワタナベ

オタマ:ん?

キヨ:豆板醤の話で思い出した。…ほら、家庭科の調理実習で麻婆豆腐、作ったろ?本格四川流なんちゃら~ってさ

オタマ:うんうん、作ったね!あれ美味しかったなあ!

キヨ:ワタナベさ、すげえ料理上手で。俺らの班が一番人気よ

オタマ:いいなあ。美味しかった?

キヨ:…いや、俺食ってねえの。豆板醤嫌いだったからさ

オタマ:そっか

 

    オタマ、シュークリームを食べる。

 

オタマ:ああ~バナァナァ~

キヨ:俺の分もアイツ食べてくれてさ。…せっかく作ってくれたのに、悪かったなって思ったの思い出した

オタマ:ナベちゃん、何か言ったの?

キヨ:なんも。中野とか森山が、食え食えってからかってきたけど
   ナベはそんなことなかったなあ…『誰にだって苦手はあるよ』って言ってさ…
   優しい奴だったよ…あんな早くに転校するんならさ、頑張って食っておけばよかったな

オタマ:いつもニコニコしてたよねえ、ナベちゃん

キヨ:そうそう。料理好きならいつかここで店出せよ!って言ったらすっげえニッコリしてさ。
   コイツ、こんな風に笑うんだな、って思ったなあ。…お前は、なんか覚えてねえの?ワタナベのこと

オタマ:んー…あ、あだ名つけたの喜んでくれてた!

キヨ:ナベちゃんって呼んだの、やっぱお前か

オタマ:うん!なんかね、そんな風に呼ばれたことないから新鮮で嬉しい!みたいなこと言ってた!

キヨ:ワタナベだからナベちゃん、か…お前にしてはこう、素直なネーミングだよな

オタマ:なに、素直って

キヨ:なんとなく

オタマ:へーんなの!

 

    オタマ、シュークリームを食べる。

 

オタマ:んん~かすたあどお~

キヨ:…そんな食ってて罰シュー当たんないの?

オタマ:あたらないよ?

キヨ:あっそ

オタマ:キヨも食べなよー

キヨ:罰の割合が高くなってるからいやだ

オタマ:あはは!ちいさい!

キヨ:うるせえ!

オタマ:大丈夫だよーほら!

 

    オタマ、シュークリームを突如キヨの口に入れ込む。

 

キヨ:ぐふっ!!

オタマ:ねー!美味しいでしょ!

 

    キヨ、むせて派手にせき込む。

 

オタマ:あれ?あたった?

キヨ:(むせる)てめえこの!!

オタマ:なになに?なにがきた?!

キヨ:嬉しそうに(むせる)言ってんじゃねえよ!

オタマ:だからあ、なにが入ってたの~??

キヨ:(むせながら)わさびだよ!わさび!!

オタマ:わさび?

キヨ:てめええ!わかってて食わせたんだろ!?ああ!?

オタマ:わさび?

キヨ:そうだよ!わざとだろ?!

オタマ:わさび…?

キヨ:…う…なんだよ…

オタマ:なんでわさび…?

 

    ノゼミとなりの部屋からやってくる。

 

ノゼミ:…なにやってんの

キヨ:ノゼミ…!助けてくれ…!

ノゼミ:え、いやだ

キヨ:てめえ…

オタマ:ノゼミ…

 

    ノゼミ、オタマの異様な気配に気が付く。

 

ノゼミ:…どしたの?

オタマ:ノゼミが買ってきたのって、いコースと、ろコースだよね?

ノゼミ:う、うん

オタマ:私は…にコースと、とコース…なんで、わさびがはいってるの?

ノゼミ:わさび…え、オタマ、わさび当たったの?

キヨ:当たったのは俺!!

ノゼミ:ならいいけど

キヨ:良くねえよ!!

オタマ:なんでわさび…

ノゼミ:確かわさびって…はコースか…にとはを間違えたんじゃないの?

オタマ:そんなことない…チョコもカスタードも食べたもん…

ノゼミ:罰シューだけ間違えたのかな

オタマ:そんなの…職務怠慢じゃない?!!!?

キヨ:…え?

オタマ:職務怠慢!職務怠慢よ!!!

ノゼミ:オタマ…、…落ち着いて、ね…?

オタマ:よりによって商品の一番の盛り上がりどころ!
  クライマックスを間違えるなんて!怠慢よ!!

キヨ:(罰シューってクライマックスなのか?)

ノゼミ:(しっ!!)

オタマ:なに?!

キヨ:な、なんでもありません!!

オタマ:私!抗議してくる!!!

ノゼミ:抗議って…今からお店に行くの?

オタマ:そう!

ノゼミ:オタマ、…もういいじゃん?ね?全部罰シューだった!ならわかるけど…

オタマ:ううん!行ってくる!こういうのはね!しっかり言っておかなきゃだめなの!!!

 

    オタマ、こたつから出るとコートを着込み、のしのしと玄関へ歩いていく。

 

ノゼミ:ちょっと!ホントに行くの?!オタマ!

オタマ:いっ!てき!ます!!

 

    オタマ、出ていく。

 

キヨ:ガチで行った…

ノゼミ:スイッチ入っちゃったか…

キヨ:あんなだったか?アイツ

ノゼミ:たまーにね、料理に虫が入ってても、美味しいから仕方ないよねえとか言って許すくせに、
    髪の毛入ってると職務怠慢!ってキレるのよ…

キヨ:俺、ああいう性格知らなかったわ…

ノゼミ:まあ、ぷんすか怒るだけだし、大丈夫…と思うけどね…

 

    マッスン、寝室から出てくる。

 

マッスン:ん?誰かきたのか?

キヨ:逆。オタマがキレて出てった

マッスン:は?

ノゼミ:いやまあ…散歩みたいな、もんよ?すぐ戻るでしょ

マッスン:ふーん、お前ら終わったの?

キヨ:3人とも終わった

マッスン:そうか…あ、店のこと横山に聞いたか?

キヨ:そっちも大丈夫!立食だったら30いけるんじゃね?って。
   こいつの番号教えたから、あとはノゼミにお・ま・か・せ

ノゼミ:はいはいはい

マッスン:俺の方も全員連絡ついた。…がひとつだけ

ノゼミ:なに?

マッスン:加藤。姫野の連絡先知らなかった

キヨ:姫野…さんっ!!!

ノゼミ:うるさい。…じゃあ誰もわかんないのかな

マッスン:いや、加藤の話では高校の頃中野と付き合ってたらしいから、そっちに聞いてみればってさ

キヨ:中野?!!え!中野とも付き合ってたの!?!

マッスン:らしいけど

キヨ:マジかよ…

ノゼミ:やるう

マッスン:というわけだから、中野に連絡頼む

キヨ:うわあああああいやだああああ!!!

マッスン:うるさい

ノゼミ:いいじゃないの、姫野さんの連絡先わかったら進展あるかもよ~

キヨ:そういうんじゃないの!甘酸っぱい初恋の思いでなの!

マッスン:あーわかったわかった、とにかく中野に確認しろ

ノゼミ:なんならここでかけてもいいけどお?

キヨ:外行く!聞かれてたまるか!

マッスン:廊下で騒ぐなよ。苦情受けるの俺なんだからな

キヨ:くっそう…加藤め…

    キヨ、コートを着込んでブツブツ言いながら外へ。

ノゼミ:初恋ねえ

マッスン:なに、お前も浸ってんの?

ノゼミ:別に。ほら、まとめましょ

マッスン:ああ

ノゼミ:連絡先調べんの、さくっと済んでよかった。これ、パソコンで作り直しとく

マッスン:ああ、頼む

ノゼミ:日程どうする?金曜や土曜の夜…で決めちゃっていいと思うんだけど

マッスン:確かに。全員集まるってことはないだろうしな

ノゼミ:電話だとイチイチ面倒だから、案内状作って、来れる奴にメールしてもらう、って感じでどう?
    あ、文面作るのよろしく

マッスン:形式的なのでいいんだろ?

ノゼミ:うん。あと、酒とかジュースはキヨに頼めばいいし、オタマは当日びしばし働いてもらうってことで、よし。
    あとは…えーと…

 

    間。

 

マッスン:お前、前からそうだったよな

ノゼミ:…何よ突然

マッスン:人にアレコレやらせるように見せて、うまいこと分割してる。
     俺はさ、頼むのが苦手というか、一人でやったほうが効率いいからさ。だからそれが当たり前っていうか

ノゼミ:一人でやった方が効率いい、っていうのは同感。やる気のない奴に作業頼んだって
    結局最後、やらされるのこっちだし。でも、やってくれるんなら分担した方が早いでしょ

マッスン:合理主義だな

ノゼミ:マッスンはなーんでも一人でやるしさ。手伝うっていっても、いいよの一点張り

マッスン:だからお前が先に動くようになったんだろ

ノゼミ:別にアンタの為じゃないわよ。…あー全く、キヨったらこれなんて書いてんのよ…

 

    間。

 

マッスン:…あ

ノゼミ:なに

マッスン:頼らない癖がつくと、誰にも頼れない性格になる…

ノゼミ:え?

マッスン:ワタナベだ

ノゼミ:ナベちゃん?

マッスン:作業の時、手伝ってくれたんだ。卒業文集の取りまとめ、とかさ。
     そん時、言われたんだよ。『たまには誰かに頼りなよ、
     頼らない癖がつくと習慣になって、誰にも頼れない性格になるよ』ってさ

ノゼミ:ふぅん、ナベちゃんだったんだ。…で、マッスンはなんて答えたの?

マッスン:憶えてない。でも、それからよく手伝ってくれてさ、…断れなくなっちまった

ノゼミ:マッスンっていっつも「いいよ」だったよね。
    …なんていうか、あなたの『いいよ』って拒絶というか、逆に触らないでくれって感じがした

マッスン:それはあったよ。内申欲しさに声かけてくる奴多かったからな

ノゼミ:あ、ナベちゃんも、それでからかわれてたな

マッスン:ナベが?

ノゼミ:そっくりそのまんま。加藤とかあのあたりの連中よ。
    マッスンを手伝ってんの、内申欲しいからだろ、ってさ

マッスン:そうか…

ノゼミ:蹴散らしたけどね、そいつら

マッスン:へえ

ノゼミ:なによ

マッスン:お前が首つっこんでいったの?

ノゼミ:…そうだけど

マッスン:珍しいな

ノゼミ:別にいいでしょ。…ってそれが言いたかったんじゃなくて、その時ナベちゃんがさ…

マッスン:なに?

ノゼミ:卒業までここにいないと思うから、内申は関係ないんだ…って、言ったの

マッスン:…

女:普通に言うからさ、あいつらそれ以上何にも言えなくて、あははは。
  …ナベちゃんって、同級生だけどなんか年上にみえたなあ。落ち着いててさ

マッスン:そうだな

ノゼミ:…でもどことなくいつも淋しそうだった

マッスン:あっという間にまた転校だからな…

ノゼミ:あの頃はピンとこなかったけど、大人になって考えてみたらさあ、あれだけの頻度で転校とか
    行く先々の学校で色々あっただろうなって思うよ。からかわれたり、いじめられたり…
    ひねくれて嫌な奴になってもおかしくなかったのにね

マッスン:オトナにならざるを得なかったんだろうな

ノゼミ:マッスンみたいに?

マッスン:…そうだな

ノゼミ:あーあ、なんか不思議な転校生だったよねえー

マッスン:…なあ、ワタナベは確かにいたよな

ノゼミ:何よその言い方

マッスン:俺たちだけが覚えてる…なんてことないよな?

ノゼミ:どしたの、急に

マッスン:さっき、連絡ついでに、ワタナベのこと…みんなにそれとなく聞いてみたんだ。
     そしたら…、覚えてなかったんだよ

ノゼミ:そっか…

マッスン:驚かないのか?

ノゼミ:…実は私も聞いてみたんだよね。こっちもほぼ同じ返事

マッスン:…転校生いたね…ってくらいで、ワタナベって名前は誰も覚えてないんだ。
     ナベちゃんって奴がいたのはなんとなく覚えてるけど、別のクラスの子じゃないの?ってさ

ノゼミ:それも同じ

マッスン:お前、ワタナベが転校していった日のこと、覚えてる?

ノゼミ:うん。みんな驚いてたなー。
    私は前に、卒業まではいない、って聞いてたからそんなに驚かなかったけど、
    さすがにたった1学期とは思わなかったなあ…マッスン、覚えてないの?

マッスン:俺その日、夏風邪こじらせて休んでたんだ

ノゼミ:そうだったっけ?

マッスン:最後の日にいなかったから…言い方あれだけど、ワタナベ自体が白昼夢みたいな、そんな印象でさ

ノゼミ:いたけど、誰も覚えていない転校生…か

 

    間。

 

マッスン:…調べてみるか

ノゼミ:どうやって?

マッスン:渡だよ。実はさっき、中学にかけてみたら、いたんだよ

ノゼミ:こんな時間に?!

マッスン:俺も驚いた。とりあえず同窓会のこと伝えたんだけど、
     もうちょっとで休憩するからその時改めて、って。渡なら、生徒の情報調べられるだろうし、
     ついでに聞いてみようと思ってさ…。…あ…っていうかそろそろだな、かけてくる

 

    マッスン立ち上がろうとするが、ノゼミが先に立ち上がる。

 

ノゼミ:あ、いいよ、私、外に出るからここで話して

マッスン:またコンビニか?

ノゼミ:オタマがちょっと心配

マッスン:ああ…、こんな時間に散歩って、ホント物好きな奴…

ノゼミ:いやあ、実はクレームしに行ったんだよね…

マッスン:クレーム?

ノゼミ:ミニシューの中身が違ってたーって…

マッスン:マジか…

ノゼミ:大丈夫とは思うけど、あの子のことだから…

オタマ:『ちょっとお!罰シューの中身違ってたんですけどおお!
    罰シューはロシアンミニシューにおけるいわばクライマックス!
    塩辛くるかも!カラシくるかも!にんにくだったら明日仕事困っちゃう!
    豆板醤だったら中華食べたくなっちゃうかも!というサスペンスを想像しながら
    ひとつひとつ口に運んでいくところがウリでしょうが!』

ノゼミ:…とかなんとか持論が展開された挙句、

オタマ:『聞いてますゥ?私!ファンなんですよ!ここの!だからあえて言ってるんですよ!
    …弁償?そういうんじゃないんです!これからは間違えないでねっていうエールなんです!
    フレッ!フレッ!っていう!エール!クレームじゃないんですからあ!』

マッスン:そこまで言うか?

ノゼミ:でも脳内再生余裕じゃない?

マッスン:あー

 

    ノゼミ、コートを羽織って玄関へ向かう。

 

ノゼミ:というわけだから、回収してくる

マッスン:俺、行こうか?

ノゼミ:マッスンはアイちゃんに連絡しなきゃでしょ。私慣れてるから、大丈夫

マッスン:わかった、頼む

ノゼミ:じゃね

 

    ノゼミ、外に出る。

 

ノゼミ:はーさっむ

 

    扉の近くで、キヨは煙草をくわえてぼんやりしている。

 

ノゼミ:わ、びっくりした

キヨ:…おお

ノゼミ:なに?たそがれてんの?

キヨ:べつにー

ノゼミ:なんかあった?

キヨ:なんも

ノゼミ:じゃあなんで吸ってんの

キヨ:…

ノゼミ:…

キヨ:オタマ、迎えに行くんじゃねえの?

ノゼミ:…一服してから行く

キヨ:あ、そ

 

    ノゼミ、煙草に火をつける。

 

ノゼミ:ふう

キヨ:さみいな

ノゼミ:で、どうだったの?初恋の君は

キヨ:中野が連絡先しってた

ノゼミ:へー、じゃあ電話したんだ?

キヨ:した

ノゼミ:よかったじゃん、話せて

キヨ:ん、まあな…

 

    間。

 

ノゼミ:なんか言われたのね?

キヨ:いや、別に

ノゼミ:正直に言いなさいよ、私が抗議してやるから

キヨ:ホントないって。ないの

ノゼミ:じゃあなんでそんな元気ないのよ

キヨ:たそがれてんじゃない?
   ま、初恋なんてもんはさ、遠い日の思い出にキャーキャー言ってるうちがいいんじゃねえの

ノゼミ:ふーん

キヨ:誰かさんみたいにこじらせてる奴もいるんだろうけど

ノゼミ:誰よ

キヨ:しらねー

ノゼミ:なにそれ

キヨ:お前の気のまわし方ってたまーにずれてるていうかさ、そんなんじゃ…伝わんねえよ?

ノゼミ:大きなお世話

キヨ:へいへい

ノゼミ:アンタこそ、いつまでもはっきりしないから…

キヨ:はあ?

ノゼミ:なんでもない

キヨ:誰にだよ

ノゼミ:しらねー

キヨ:なんだよ

ノゼミ:何でもないったら

 

    間。

 

キヨ:オタマ、彼氏できたんだってな

ノゼミ:…ええ、よかったわよね

キヨ:ちっともそんな顔してねえけど?

ノゼミ:…

キヨ:なんだよ、うるさいわね!って言わねえの

ノゼミ:嬉しくないわけじゃない

キヨ:おう

ノゼミ:でも前に、オタマが「ずっと一緒にいられたらな」って言ったから、私…

キヨ:ずっと一緒に、ね…

ノゼミ:…

 

    間。

 

キヨ:…俺も同じこと思うよ

ノゼミ:誰と?

キヨ:…

ノゼミ:いいわね、みんな大切な人がいて

キヨ:は?

ノゼミ:…私、オタマ迎えに行く。じゃあね

キヨ:おい

ノゼミ:なに?

キヨ:いや…気ぃつけろよ。なんかあったら連絡しろ

ノゼミ:…ありがと

 

    ノゼミ、煙草を消して階段を下りていく。

 

キヨ:ホント、ズレてんだよなあ…わかんねえかなあ…

 

    間。

 

キヨ:いつまでもはっきりしないから、か…。…あーさぶ…、中戻ろ…

 

    キヨ、煙草を消し、部屋の中に戻る。
    マッスン、難しい顔でスマホを見つめている。

 

マッスン:…

キヨ:お、どったの?

マッスン:あ、いや、どうしたものかと…

キヨ:痴情のもつれ?

マッスン:殴るぞ

キヨ:じゃあなんだよ

マッスン:渡と話したんだ、ワタナベのこと調べてくれないかって

キヨ:渡?ワタナベ?…はあ?

マッスン:さっきノゼミと話してたんだが、誰もワタナベのこと覚えてなかったんだよ。
     だから渡に詳しく調べてもらおうと思ってな

キヨ:こんな時間まで学校にいるのか?

マッスン:残業らしい

キヨ:先生も大変なんだな…。…で、渡はなんて?

マッスン:渡もワタナベのこと覚えてないんだよ

キヨ:はあ?

マッスン:だから卒業生のデータ調べて貰ったんだ。まあ、最近は個人情報の管理が厳しいから
     名前だけしか調べられなかったけど…そしたら、…いなかったんだ。
     ワタナベという生徒は、当時の名簿にいなかった

キヨ:いなかったって…転校生がいたのはみんな覚えてんだろ?

マッスン:いたような気もする、って感じだったな。他の奴も同じような反応だったし

キヨ:いただろ!ワタナベは確かにいた!

マッスン:いた。少なくとも俺たちの中にはいた

キヨ:青春の幻影みたいな言い方すんなよ。もうちょっと詳しく調べてもらえねえの?渡に頼んでさ

マッスン:…今の渡、かなりキレ気味な感じだけど、お前かける?

 

    自分のスマホを差し出すマッスン。

 

キヨ:…いや、いい…。…そうだよな、残業中にこんなおかしなこと頼まれたらキレるよな…

マッスン:なんか…渡が担当してるクラスでいじめがあったらしい。それで苛々してるみたいだ。
     さっきちらっと愚痴ってた

キヨ:それで残業?

マッスン:そこまでは聞いてないけど…まあ色々あるんだろう…

キヨ:俺らのクラス、そういうのなかったからぴんとこねえよな?

 

    間。

 

マッスン:…お前は、そうだろうな。そういうのとは無縁だから

キヨ:…は?

マッスン:内申だの進学だのさ

キヨ:なに、俺が大学行かなかったからそういうのとは縁がないって言いたいわけ?

 

    間。

 

マッスン:そうだ、って言ったら?

 

    間。

 

キヨ:…進学してサラリーマンになるのがそんなに偉いわけ?
   俺みたいにさ、夜間卒業して、酒屋つぐのは悪いのか?なあ?

マッスン:悪いなんて言ってないだろ

キヨ:俺は縁がないんだろ? なんなんだよ…俺は俺だ。なにも変わってねえよ

マッスン:じゃあなんで、みんなと距離とってんだ

キヨ:とってねえ

マッスン:お前から離れていっただろ

キヨ:仕方ねえだろ!気ぃ使われたくなかったんだよ!
   俺は何にも間違ってねえし、後悔もしてねえ。
   進学できなくて残念だったね、とか言われる筋合いねえんだよ!
   俺は!自分で選んだんだよ!親父の店をつぐって!
   進学するのが普通で、俺は普通じゃないみたいな扱いされる覚えはねえんだよ!
   それが嫌だったんだよ、悪いか!!

マッスン:…キヨ

 

    間。

 

キヨ:…ごめん

マッスン:いや…

キヨ:「縁がなかった」って言葉がさ…
   マッスンはそういう意味で言ったんじゃないってわかってんのに
   なんかちょっと…ムシャクシャしててさ。…悪かった

マッスン:今日、誰かに言われたのか

キヨ:…

マッスン:…わかった。聞かない

キヨ:…すまん

 

    間。

 

マッスン:…煽るつもりで言ったんじゃないけど、
     お前がみんなと距離をとってるのは、わかってたからさ。
     誤解ついでに聞いてみたくなった。…俺も悪かったよ、ごめんな

キヨ:いいって、マッスンはそんなこと考える奴じゃねえって、わかってるからさ

 

    間。

 

マッスン:…さっき渡が、言ってたんだ。「何がいじめかわかんない、私はいじめだと思えない」って

キヨ:なんだそれ

マッスン:いじめってどんなのをいうんだ?

キヨ:どんなって…そりゃ、無視したり、悪口言ったり、…殴ったりとかじゃねえの

マッスン:お前がノゼミに殴られるのは、イジメに入るか?

キヨ:アイツの理不尽は、大いに主張したいところではあるけどよ!
   …ま、イジメじゃねえ。スキンシップみたいなもんだって思ってる。
   だけど、さして仲良くねえ奴にされたらムカつくし、度を越してりゃ傷つきもするだろうな

マッスン:つまり、イジメっていうのはされた側の捉え方次第、だな。
     渡がそうだと断言するつもりはないけど、「先生」の目には見えない「いじめ」もあるってことだ

 

    間。

 

キヨ:マッスン、何が言いたいんだ?

マッスン:俺はいじめられてた

キヨ:はああ?…何言ってんだよ、成績優秀、天才、天下無敵の生徒会長様だろ?

マッスン:それだよ。俺はそうやってずっとからかわれてた

キヨ:…からかうって

マッスン:俺が生徒会長になったのは、俺がやりたくて立候補したからじゃない。
     悪ふざけで推薦した奴らの吊るし上げだ。
     成績が良かったのは、天才だからじゃない、努力したからだ。
     頑張ってないことも、頑張ったことも、全部からかわれる。
     冷やかされたかと思えば、ひがまれて、…苦痛だった

キヨ:…

マッスン:お前に無縁だ、って言ったのは、キヨの周りにはそんな奴いなかったからだよ。
     お前はいつも人気者で、みんなの中心にいて、笑いがあって…羨ましかった

キヨ:だけど俺もさ、お前のことからかってる奴らの一人…って思ったこともあっただろ?

マッスン:お前のからかいに悪気がないのはわかってる。でも、それを「きっかけ」にする奴等は確かにいた。
     キヨがそんなこと言わなきゃ、って思ったことは、正直あるよ

キヨ:だろうな。ごめん

マッスン:昔のことだ

キヨ:なあ、あの頃お前、自分から人に関わらないようにしてたよな?それも、その、それが原因なのか?

マッスン:…顔には出さないけど、嫌なことを言われれば傷つくし悲しいよ。
     でもそれを悟られたくなかったんだ。違うと言っても伝わらないなら、距離をとった方が楽だろ

キヨ:今の俺みたいに、な

マッスン:…そうかもしれないな

キヨ:俺はさ、言い訳に聞こえるかもしんねえけど、からかいとかじゃなくて本気で、
   マッスンのことすげえなって思ってたからさ。中学の時だけじゃなくて、それからもずっとさ

マッスン:…中学の時は生徒会長、高校は進学校で、大学は一流、会社は上場企業…
     …俺の名前より先にくるのは、いつもそっちだ。…ずっとな

キヨ:…

 

    間。

 

マッスン:まあいい、作業を続けるか

キヨ:いや、よくねえだろ

マッスン:なにが

キヨ:お前もアイツも、ホント似てんのな。肝心なところになると誤魔化すっていうか

マッスン:別に俺は

キヨ:マッスンもさ、向き合えよ。今更昔のこと掘り返しても意味ねえとか思ってるんだろうけど、
   思うこと言えよ。今みたいに、吐き出せばいいだろ

マッスン:…

キヨ:たまには、オタマみたいに突っ走ってもいいんじゃねえの?つまんねえことでさ

 

    間。

 

マッスン:っていうかあいつら…どうしてるんだ?

キヨ:あ、そういえば…

 

    間。

 

    場面変わって、駅前でオタマを探すノゼミ。
    かなり不安げに、焦った様子でいる。

 

ノゼミ:オタマ…、どこにいんのよ…

 

    移動販売のワゴン車はもうない。あった場所でオタマを探すノゼミ。

 

ノゼミ:車いないし…まさか…あの子がいちゃもんつけたから店主がキレてそのままどっかに…

 

    立ちすくむノゼミ。どんどん青ざめていく。

 

ノゼミ:…ちょっとどうしよう……警察…?…あ…キヨに連絡…!

 

    スマホを見ると、ちょうどオタマからの着信。

 

ノゼミ:え!…もしもし!オタマ?アンタいまどこにいるの!?大丈夫なの!?

オタマ:えっとね、今はー、…ねえ、ここどこ?駅の裏?駐車場?ここどこだーあははは!

 

    オタマの能天気な声にノゼミは苛立つ。

 

ノゼミ:…誰に聞いてんの?

オタマ:えー?…ふふー内緒!

ノゼミ:…あっそう

オタマ:ノゼミ、いまどこにいるの?

ノゼミ:ミニシュー屋があったとこ…

オタマ:じゃあそっち行くー!

ノゼミ:…

オタマ:もうすぐ着くから待っててねえ!
    あ、紹介したい人もいるんだ!お楽しみに!!

ノゼミ:誰

オタマ:まだ内緒!

ノゼミ:内緒内緒…ホント、内緒が好きね…

オタマ:えー?なにー?

ノゼミ:誰といるのよ

オタマ:だからまだ内緒…

ノゼミ:人に散々心配かけといて!誰といるのよって聞いてんの!

 

    間。

 

オタマ:…ノゼミ?

ノゼミ:車なくなってるし、オタマはいないし…連れていかれたのかと思って、心配したでしょ!!
    それを何よ、内緒!?ふざけないでよ!誰よ。…彼氏?彼氏と会ってこっちのことは忘れてた?
    なんなのよ!勝手に突っ走って!連絡もしないで!私は心配ばっかり!ホントなんなの!!

オタマ:…怒ってる、の…?

ノゼミ:当たり前でしょ!私ねいつも怒ってばっかりなの。アンタと違ってね。
    いつもニコニコして、それだけで人が集まってくるオタマとは違うのよ!
    笑ってるだけで上手にやれていいわよね…オタマ、かわいいもんね、
    知ってた?アンタ結構モテてたよ?オタマは好きな人いるのかな、って、私何度も聞かれたし…
    かわいいって、本当に得だよね。羨ましいよ、ずっと…今だって…

オタマ:ノゼミ…

ノゼミ:私とは正反対…生徒会だってさ、オタマなら人気票でなれたでしょ?
    でも私はね!努力してなったの!マッスンみたいにぶっきらぼうでも人望があるわけじゃないし、
    キヨみたいに面白いことが言えるわけでもない、オタマみたいにかわいいわけでもない…
    努力しなくても人気だけで何でもできるアンタたちとは違う!
    みんなが嫌がること率先してやったのは、そうでもしないと、自分の居場所がなかったから!
    私に人が集まってくるのはね、人気があるからじゃない、都合がいいからなのよ!

 

    間。

 

    ノゼミの前にスマホを持ったオタマが現れる。
    二人とも持っていたスマホを下して、お互い見つめあう。

 

オタマ:…言いたいことはそれだけ?

ノゼミ:…だったらなによ

オタマ:じゃあ私の番。

    ノゼミはいっつも人の顔色ばっかり見て、思い込んで、決めつけて、先回りして、でも全然的外れ!

ノゼミ:はあ…?

オタマ:かっこつけてさ、徹夜で頑張ったりするくせに、それを隠してさ、わかるわけないじゃん!
    そりゃみんなズルいよ!?ラクしたいもん!だからノゼミに押し付けるんじゃん!

    嫌なら嫌って言えばいいじゃん!

ノゼミ:やらなきゃ誰も私のことなんて必要としないのよ!!

オタマ:ばか!!!ばかばかばかばか!ばか!!!

ノゼミ:オタマ…

オタマ:…じゃあ私達なんなの?ノゼミのこと好きで、都合いいとかそんなの関係なくて…
    一緒にいたかったからいたのに…私たちもみんなと同じなの!?
    私見てたよ?ノゼミが頑張ってたの。自分のこと二の次で、みんなの為に頑張ってたの。
    …そりゃ、やりたくもないことやって、それで居場所を作ってたって…今初めてわかったけど…
    それでも!頑張ってるの見てたもん!だからそばにいて、何かしたかったんだもん!
    私…勉強も運動も中途半端で…ドジで…手伝っても仕事増やしちゃったりするから、
    それ以外のことで、手伝いだくて…せめて笑っていてほしくて…

ノゼミ:オタマ…私…

オタマ:…ごめんね。私が突っ走って、ノゼミに迷惑かけちゃうのは、本当だもんね。
    私、あの頃からずっと、何かあっても、ノゼミが助けてくれるって、甘えてたんだと思う。
    今日だって、連絡もしないで…心配かけて…怒って当然だよ。だから…嬉しかった

ノゼミ:嬉し…かった?

オタマ:うん。嬉しい。だってノゼミ、いつも怒らないんだもん。本当のことも言わないし…
    だから不安だったの。私はノゼミの友達でいられてるのかな、って…
    私、ドジばっかりで小さい頃から人に迷惑かけて、嫌な顔されたり、こっちくんな、って言われたりした
    …だから、ニコニコするしか能がないんだ…ごめんなさい…

ノゼミ:オタマ!…違う!

 

    間。

 

ノゼミ:…こっちこそごめん。嫌なこといっぱい言ってごめん。
    心配かけるな、じゃないんだ、…もう、心配できないのかなって、淋しくて…
    オタマに彼氏できたらさ、もう私の役目…っていうか…居場所がなくなったような気持ちになって…
    ホント駄目ね。オタマの言うとおり、人の顔色ばっかりみて、相手の気持ちを見れてないんだね、私…

オタマ:見てるよ。ノゼミは私達のこと、ちゃんと見てくれてる。だからマッスンだって心配してるし、
    キヨだって…いつもふざけてるけどノゼミのことちゃんと見てるよ?
    …私もね、彼氏できたけど、本当に大丈夫かな、って…ずっと悩んでたんだ…
    ちょっとダメだったら、すぐノゼミに泣きついちゃいそうで、
    …心配かけないようにって、自信もてるまで頑張って、それで今日やっと言えたの

ノゼミ:オタマは、私に心配かけないように、って心配してくれてたんだよね。

    なのに私、オタマがキヨのこと好きだって決めつけて…

オタマ:それだって、私のためにしてくれたんでしょ?…色んな事我慢して。…ノゼミは本当に優しい

ノゼミ:私は、優しくない…臆病なだけ

オタマ:優しいよ。だって、ナベちゃんがからかわれてた時も、ノゼミが助けたじゃん。

    ナベちゃん、ずっと憶えてるよ、嬉しかったって

ノゼミ:…あれは私が行く前にオタマがつっこんでいったからよ…

オタマ:うん、私もナベちゃんも、ノゼミが助けてくれた。
    今日だって迎えに来てくれた。…怒ってくれた。ありがとう、ノゼミ

ノゼミ:無事ならいいの…うん、良かった、無事で…

 

    間。

 

ノゼミ:…ん?

オタマ:なに?

ノゼミ:ナベちゃんがずっと憶えてるって…ん?どういうこと??

オタマ:ああ!言い忘れてた!…ってあれ?どこにいっちゃったんだろ、おーい!ナベちゃーーん!!

ノゼミ:は?ナベちゃん?

 

    オタマの声に、構内の柱に身を潜めていた人影が動く。
    ゆっくりこちらに近づいてくる。

 

ノゼミ:…ど、どちらさま…?あ、彼氏?

オタマ:ううん!ナベちゃん!

 

    間。

 

ノゼミ:ん?

オタマ:うん!

ノゼミ:んん??

オタマ:うん!!

 

    間。

 

ノゼミ:はあああ?

オタマ:じゃじゃーーん!オトナになった、ナベちゃんです!!

ノゼミ:いやいやいや、キヨみたいな冗談言わないでよ…

オタマ:ホントだって!ね!ナベちゃん!

 

    オタマに聞かれ、ゆっくりうなづく。
    その面影に、それがナベちゃんであることを悟るノゼミ。

 

ノゼミ:あ…その顔…ホントにナベちゃん…あ、いや、その…お久しぶりです…ワタナベ…さん?

オタマ:それが違うのー!ワタナベじゃないのー!

ノゼミ:はあ?なに、やっぱり冗談なわけ?

オタマ:そうじゃなくてー、ナベちゃんだけど、ワタのナベちゃんじゃないの!

ノゼミ:…日本語で言って?

オタマ:んんんー!…あ!ねえねえナベちゃん、ノゼミにも名刺あげて!

 

    オタマに促され、ナベちゃん、ノゼミに名刺を渡す

 

ノゼミ:あ、どうも…ご丁寧に…今ちょっと名刺持ってなくて…

オタマ:いいから!名刺!見て!

ノゼミ:なによ…

 

    ノゼミ、名刺を見る

 

ノゼミ:…え?…ええ!?

オタマ:ね!すっかり忘れてたよねえ!

ノゼミ:この名前…

オタマ:そう!へんだよねえ!

ノゼミ:…!…思い出した!あなた…!

 

    間。

 

    マッスンの部屋、キヨと二人、押し黙っている。

 

キヨ:あのさー、いっこ聞いていい?

マッスン:なんだ

キヨ:なんで同窓会の幹事引き受けたんだ

マッスン:なんでもなにも、先生から頼まれたからだろ

キヨ:…そう言うと思ったよ

マッスン:じゃあお前はなんで引き受けたんだよ

キヨ:みんなに会いたかったからだよ

マッスン:…

キヨ:俺たち4人はたまーに会ってるけどさ、
   他のみんなにも会いたいなーって思ったから、引き受けた

マッスン:そうか

キヨ:…ま、俺の場合、自分から離れたけど、もうオトナじゃん?
   みんな働いてるわけだし、俺だって小さな酒屋だけど社長だし、
   胸張っていこうかな、ってさ

マッスン:上田や川上、キヨはどうしてる?って聞いてたよ、お前に会いたいってさ

キヨ:やべえ、モテ期到来?…で、お前は?みんなに会いたい?

マッスン:…

キヨ:腹割って言えよ

マッスン:別に、会いたくもないな

キヨ:いいね、本音いいじゃん

マッスン:あいつらにとっては、一晩寝れば忘れるような悪ふざけだったとしても、だ
     …された側は何年経っても憶えてるんだよ、俺がそうだからな

キヨ:ま、そうだな。俺もそうだし。…なあ、俺にもムカついたことあっただろ?

マッスン:たまにな…

キヨ:やっぱ、天才!とか、天下無敵!とか、そのあたり?

マッスン:いや、お前はすぐ、モテるモテると冷やかすだろ?
     モテたところで、好きでもない女に告られて、見知らぬ男に逆恨みされるのはたまったもんじゃないぞ

キヨ:…俺!それ一度言ってみてぇ…!

マッスン:(笑う)

 

    間。

 

マッスン:俺、あの頃は相当ギスギスしてたよ。
     生徒会長も、正直、誰がなっても関係ないって思ってたし。
     でも、なったからには義務が生じるだろ?だから、なんとなくこなしていただけでさ

キヨ:“真面目な優等生”

マッスン:…ってツラしてないと、やってられなかったからな。
     悪態つかれて殴り返したところで、分が悪いのはこっちだ。だったら聞き流したほうが楽だろ。
     近寄りがたいなって思われるくらいが、ちょうどいい

キヨ:…

 

    間。

 

マッスン:でも、…アイツは違ったな

キヨ:ワタナベか?

マッスン:ああ。居心地がよかった。だから素直に手伝ってもらえたのかもしれない

キヨ:…お前にちょっと似てるところあった気がする、どこって言われるとあれだけど

マッスン:何かを諦めてた…ってとこだろうな。さっき、ノゼミが言ってたよ。
     あれだけ転校してたら、色々あっただろうねってさ。からかわれたり、いじめられたり…
     …あいつも俺と一緒で、慣れる方をとったんだろうな

 

    間。

 

キヨ:なあ、あいつ…転校初日に、クラスでからかわれなかったか?

マッスン:え?

キヨ:自己紹介の時だよ、俺もふざけて、何か言ったような気がするんだよな…
   なんだろう、なんか思い出しそうなんだよなあ。アイツの何をからかったんだ…

マッスン:確かに、ちょっとした騒ぎになったような…

キヨ:そうなんだよ!あいつが困った顔…っていうか、
   なんともいえない顔っていうのかな、記憶にあるんだよな…そしたらオタマが何か言って…

 

    間。

 

マッスン:あ…!

キヨ:どした?

マッスン:アイツは…ワタナベじゃない…

キヨ:はあ?

マッスン:そうだ…あーなんで忘れてたんだ…ナベナベ言われてたから普通にワタナベだと思ってたけど、
     オタマがそのまんまなアダナ付けるわけないんだよ…

キヨ:おい、俺にもわかるように説明しろよ

マッスン:アイツは「ヘンダ」って名乗ったんだよ

キヨ:変だ?

マッスン:違う。辺田だ。二等辺の“辺”に、田んぼの“田”!

 

    間。

 

キヨ:ああー!

マッスン:だからワタナベで探したって見つかるわけないんだよ…

キヨ:じゃあ俺、アイツの名前をからかったのか…へんだだってよーへんだよなあ!って?

マッスン:お前じゃない。他の連中だ。そしたら、オタマが言ったんだ。
     辺田くんの辺(へん)は渡辺の(ナベ)と同じだから、きみはナベちゃんだ!って

 

    間。

 

キヨ:(思い出して笑う)そうだったそうだった!

マッスン:そしたらお前もすぐ言ったんだ。よう!よろしくな!ナベ!って

キヨ:…え

マッスン:お前が言ったから、みんなナベって呼ぶようになった。あいつをからかう奴はいなくなったんだよ。
     そうか…そうだったな…

キヨ:いや、俺は…

マッスン:(自嘲気味に笑う)

キヨ:ん?…マッスン、どした?

マッスン:いや…つくづく俺は薄情だな

キヨ:なんだよ

マッスン:「成績優秀で真面目な優等生」だとさ…
     クラスメートの名前も忘れる薄情な奴がか?笑えるな…

 

    間。

 

キヨ:だから、…そうじゃねえだろ

マッスン:ん?

キヨ:オマエさ、単なるクラスメートの名前忘れてたから半ギレしてんの?
   違うだろ?忘れたくないと思ってた奴を忘れたからじゃねえの?
   お前が優等生とか生徒会長とか関係ねえだろ、すり替えんなよ

マッスン:…

キヨ:マッスン、ナベのことどう思ってたんだよ

マッスン:どう…って

キヨ:お前がナベに対してどう思ってたか、だよ、好きとか嫌いとか、いい奴、とか…さ…

 

    間。

 

マッスン:…俺は、アイツと友達になりたかった

キヨ:…おう

マッスン:友達になりたい…って、そこまで思っておいて、アイツのことすっかり忘れてて…

キヨ:ああ

マッスン:ナベとはさ、会話らしい会話は何もしてない。
     でも、黙って一緒にいても全然苦じゃなかったんだ。
     あんな奴、初めてだったな。なのに…何もできなかった、…薄情な最低野郎だ

キヨ:あのなあ…

マッスン:…ああ、すまん。自虐なんてガキのすることだな

キヨ:言えよ。ダチなんだからいいんだよ、…言いたいこと言え

マッスン:言いたいこと…

キヨ:ああ。ナベにさ、何て言いたかったんだ、おまえ

 

    間。

 

マッスン:…さよならくらい、言いたかったよ、ちゃんと目を見て

キヨ:さよならだけか

マッスン:あとは、またいつか、会おう…かな…

キヨ:そっか、うん

マッスン:ずっと後悔するんだろうな…俺は…

オタマ:まだ間に合うんじゃないのーー?!!!

キヨ:だあぁーー!

 

    玄関に立つノゼミとオタマ。

 

キヨ:お、おま、心臓が…

マッスン:驚かせるな!なんだ急に!

ノゼミ:だから、まだ間に合うんじゃないのって言ってんの

マッスン:主語を省くな、意味がわからん!っていうか、いつからそこにいた

オタマ:こっそり開けて、二人が話してるの聞いてた!

キヨ:え、どっから

ノゼミ:ナベのことどう思ってたんだよ、あたりから

マッスン:おまえら…

キヨ:ああまだ心臓バクバクいってる…

オタマ:もっと驚いちゃうよーー!!ほらほらこっち…!

 

    オタマ、外にいるナベを引っ張って玄関から2人に見せる。

 

オタマ:じゃーーん!!

 

    間。

 

キヨ:え、誰?

オタマ:ナベちゃんだよー

マッスン:は?

キヨ:はああああああーーーー?!!!

ノゼミ:いやまあ、正確にはワタナベじゃなくて…

マッスン:辺田、だろ?

 

    間。

 

ノゼミ:…思い出してるし

オタマ:そうだよ!ロシアンミニシュー屋!「HENDAYO(ヘンダヨ)」のナベちゃん!

キヨ:え?…あのミニシュー屋?!ってかそういう名前なの?!

オタマ:そうなの!だからわさびは仕方ない!

キヨ:仕方ないな!うん!

マッスン:すまん、俺にはわからん

ノゼミ:あー、つまりね、オタマがミニシュー屋に文句言いに行ったらね

オタマ:文句じゃない!エール!

ノゼミ:あーうんうん、エールしに行ったらね、ナベちゃんから、オタマに声かけてくれて。
    それで、ナベちゃんだってわかったみたいなの

キヨ:で。ワサビが仕方ないのはなんで?

ノゼミ:そこ!それがまたナベちゃんらしいっていうかさ!ナベちゃん、オタマのことだけじゃなくて、
    キヨのことも覚えててね

キヨ:え!そうなの!?

ノゼミ:さっき二人で並んだんでしょ?そんとき、キヨが豆板醤苦手なのも思い出したから…

キヨ:…まさか!

オタマ:そう!キヨのために、豆板醤いれなかったんだってー!だからわさびは仕方ないの!

キヨ:覚えてて…くれたの…?…俺のために…!?うううううう!なべええええ!!

オタマ:うんうん、ナベちゃん優しいよねえ

マッスン:ブチ切れてクレームしに行った奴が言うな

オタマ:クレームじゃない!エール!

ノゼミ:まあ、そのおかげで会えたわけだし、結果オーライってことで…

マッスン:…で、なんで…ここにいんの?

 

    間。

 

ノゼミ:まあそのー、ノリで連れてきちゃった、感じ…?

マッスン:お前がノリでね。珍しいことだ

ノゼミ:う、うるさいわね、いいでしょ!
    アンタに会わせたかっただけよ!それだけ!

オタマ:ノゼミ、優しいー!

ノゼミ:ちょ…!そもそもオタマが連れて行こうって言いだして聞かなかったんでしょ!

オタマ:私のわがままに付き合ってくれるノゼミはやっぱり優しいー!

ノゼミ:あのね!!

キヨ:まあまあまあ…で…どうすんだ?

 

    間。

 

マッスン:どうするって、なんだよ

キヨ:ここお前の部屋だしさ、…マッスンが帰れって言ったらナベ帰ると思うけど?

オタマ:なんで!せっかく会えたのに!

マッスン:別に帰れとは…

キヨ:だよなー!帰れとは言わないよなー!
   なんてったって、お前が友達になりたいって思ってた奴だしなー

マッスン:…おい!

オタマ:へえ!キグウだね!ナベちゃんも、ずーっとマッスンにまた会いたいって思ってたんだって!

マッスン:え…

ノゼミ:ナベちゃんね、あれからもあちこち点々としたけど、ここだけはずっと憶えててくれたの。
    いつか大人になったら、この街に帰ってきてお店やって、ずっと住もうって…
    マッスンにも会いに行こうと思ってたみたいよ?

オタマ:ひゅーーー

キヨ:ひゅひゅーー

マッスン:…なんで

 

    間。

 

マッスン:なんで俺を…

 

    間。

 

マッスン:俺は…別にお前に…何もしてない。
     からかわれてたお前を助けたわけでもない、あだ名を付けてやったわけでもない…俺は何も…

 

    間。

 

オタマ:確かに、ナベちゃん、って付けたのは私だけど

キヨ:よろしくな、ナベって言ったの、俺じゃねえよ?お前が言ったんだよ?

マッスン:…え

ノゼミ:だからみんなナベって呼ぶようになったのよ?

 

    間。

 

マッスン:…

キヨ:…お前さ、みんなから、からかわれてたって思ってるかもしんねえけど、
   そんなのほんの一部だよ。

ノゼミ:不愛想なのに、なぜか求心力、あったわよねえ

マッスン:…

オタマ:みんなのこと、名字でしか呼ばないマッスンが、ナベちゃんのことだけはナベって呼ぶから、
    それもナベちゃん、嬉しかったみたいよー?ねえ?

 

    間。

 

ノゼミ:…というわけで、これからやることは??

オタマ:ひとつだよねえ??

キヨ:よっしゃーー!!飲み会だーー!同窓会の前夜祭しようぜ!!

オタマ:やったーーー!酒だ酒ぇーーー!!酒もってこーーい!

キヨ:おいナベ!お前こっちにいるんだろ?だったら同窓会にも来いよな!みんな驚かせてやろうぜ!

オタマ:ねえねえナベちゃん!!四川風なんちゃらの麻婆豆腐作って!!!

キヨ:俺、豆板醤キライって言ったよね?

ノゼミ:克服したんでしょ?

オタマ:さっき、食っておけばよかったって言った!

キヨ:つまんねえことしっかり覚えてんじゃねえよ!!いっそシュークリーム煮ろよ!

オタマ:煮ない!

ノゼミ:じゃあ焼く?

オタマ:焼かない!んもう!ふたりともー!!

 

    3人がはしゃぐ中、マッスン、無表情のままいる。
    それをナベが不安そうに見つめている、その視線に気づく3人。

 

マッスン:…

キヨ:マッスン-!

オタマ:マッスン~~!!

ノゼミ:…マッスン

 

    全員に見つめられる中、マッスン、笑って小さくため息をつく。

 

マッスン:生徒会長命令だ。よく聞け!

3人:はい!!

マッスン:てめえで飲む分はてめえらで買ってこい、
     俺は部屋を貸すんだから、俺の分はお前らが出せよ?いいな!

3人:らじゃらじゃ!!

マッスン:…それから、ナベ…!

 

    間。

 

マッスン:…歯ブラシも忘れんなよ

 

    間。

 

    くすくす笑い出す3人。

 

マッスン:返事は!

3人:らじゃらじゃーーー!!

 

    全員、笑いあう。
    さあいくぞー、何買う?じゃんじゃん飲むぞー!お前らうるさいんだよ、というような4人のやりとりを
    ナベがうれしそうに見て、笑っている。

 

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