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美しい月曜日

作 : 揚巻

(♂1:♀1)

男(♂):
女(♀):

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<声劇メモ>
・使用前に一度更新(F5)お願いします

・こちらの台本はマルチエンディング形式となっております。

​ エンディングは全部で7つありますので、上演前に必ずご確認をお願いします

​ ※エンディングはこちらです
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    暗闇に、かすかなペンの走る音。
    しばらく、その音だけが続く。
    その音に重なるように、女の声。

女:人生の目的に対する疑問は 無限といってよいほどに

  しばしば提出されてきているが、

  ついぞ満足できるような答えが与えられたことはない。

  また、そのような答えは おそらく決して許されないものなのだろう

  ―ジークムント・フロイト

    女の声が終わっても、ペンの音は止まらない

    やがて男の姿が浮かび上がる
    男は何かを書きなぐっている
    ぶつぶつと呟いている声がだんだん叫びになる。

男:…忘れない、忘れない…!

  …嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ…!

  俺は絶対忘れない…絶対に…絶対に忘れるもんか………!

    アラーム音が鳴り響くと同時に男の叫びは止まる
    男はいま目を覚ましたように呆然としている


男:…僕は…?


    部屋の奥に、女が背を向けて立っている。
    何かを整理するような仕草。
    女、振り返る。

女:何か言いました?

男:え、いや…何も…

女:大丈夫ですか?顔色が悪いみたい。…私が誰かわかります?

男:…先生。

女:大丈夫みたいですね、…ああ、もうこんな時間。定例報告に行ってきます。

男:ああ…いってらっしゃい。
   (一拍)
女:…一緒に来ますか?

男:いや、いい。ここで待ってる。

女:そうですか。じゃあ、すぐ戻りますね。

    女、男が書いていた紙をためらいなく丸めてゴミ箱へ投げ入れ、

    部屋を出ていく。
    男はそれに気づいていない。


男:…今日は何をしようかな…


    男、再び机に突っ伏す。

    
    (時間が流れる)

    女、部屋に戻ってくる。


女:戻りました、…真一さん?

    女の声に、男は慌てて顔を上げる。


男:ああ、おかえり。

女:あれからずっと寝ていたんですか?

男:…寝てたのかな…なんだかぼーっとしてて。

女:熱でもあるのかしら、ちょっと失礼。

    女、男の額に手を当てる。


女:なさそうだけど…

    額から離そうとする女の手を、男が握る。


男:先生の手、ひんやりして気持ちいいな。

  …しばらくこうしててほしい。

女:ええ、もちろん。…真一さんの手は、あたたかいですね。

男:そう?

女:ええ、昨日より。

男:昨日も触ったんだ。

女:忘れました?

男:…そうだね。
女:(小さく笑う)

    女、男の額から手を離す

 

女:…それにしても、本当に大丈夫ですか?

  体に違和感あります?

男:いや、特に。ただぼんやりするだけ。

女:じゃあ、いくつか質問してもいいですか?

男:どうぞ。

女:今日は何曜日ですか?

男:月曜日。

女:あなたの名前は?

男:本間真一。

女:家族は?

男:親父とおふくろがいる。

女:子供の頃の思い出は?

男:うーん、本間って名前だから、からかわれた。ホンマでっせ!ってさ。

女:(笑う)

男:ホンマでっせ?

女:わかりました、じゃあ、最近は何が好きですか?

男:最近…か…


    男、少し考える


男:本を読んだり…あとは…ああ、ジグソーパズル。

  でも、全部揃ってるはずなのに、いつも一枚、足りない気がしてさ、

  なんだろうね、あれ。

女:…足りない感じ、ありますよね。私も時々そう思います。

男:先生も?

女:ええ、でも今日は月曜日。まだこれからです。

男:…そうだね。

女:大丈夫そうですね。では、仕事に戻ります。

  午後の検診までは自由に過ごしてくださいね。


    女、部屋を出ていこうとする。


男:待って、…答えがふたつ、足りなかった。

  一つ目は「家族」…親父とおふくろと、あと…妻の八重(やえ)。

女:…はい、二つ目は?

男:「最近は何が好きですか」ってやつ…


    男、何か言いかけて、止め、


男:…お菓子も好きだ。

女:そうでしたね。近いうちに一緒に作りましょうか、あなたの好きなお菓子。

男:…ああ、ありがとう。

女:何かあればすぐ呼んでくださいね。


    女、部屋を出ていく。
    男、自分の手を見た後、ゆっくり額にあてる。
    

男:「最近は何が好きですか」

男:……たま……


    男、小さく首を振る。


男:……違う
    (一拍)
男:なんでそんなこと思ったんだ……僕は……


    
    
    


    (時間が流れる)

    (遠くでアラームが鳴り、本のページをめくる音がする)

 

女:今日は何曜日ですか?

男:…火曜日だよ、多分ね。


    男、部屋で本を読んでいる。

    そこに女がやってくる。


女:おはようございます。朝ごはん食べました?

男:先生、おはよう。食べたよ。満腹だ。

女:今は本を読んでるんですか?

男:ああ、書庫で適当に持ってきたやつ。

女:何の本?

男:…なんの本だろうね。

女:(笑う)

男:…まったく、自分の書庫なのに、読んだかどうかわからないとは。

女:図書館並みに大きいですからね、そんなこともありますよ。

  今読んでいるのは、どんなシーンですか?

男:今…、女が砂浜で男を待ってるところ…男が戻ってこないんだ。

  だから女は海を見つめて、ひたすら男を待ち続けている。

女:…ああ。

男:先生、これ読んだことある?

女:ええ。

男:どんな話?

女:言っちゃっていいんですか?

男:いいよ。僕はラストがわかってもがっかりしないタイプなんだ

  むしろ、教えてもらえないと…

女:もらえないと?

男:暴れる

女:(笑う)それは困りますね、…じゃあお話します。

男:お願いします。

女:…砂浜で男を待ってる女は、漁に出たまま戻ってこない夫の帰りを待っているんです。

  左手で幼子の手を引き、右手に赤子を抱き、お腹にも子供がいました。

  夫がいなくなって10年経ち…、女は別の男と結婚します。そこに夫が戻ってきます。

男:タイミングいいな、…いや、悪いのか。

女:乗っていた船が難破して漂流したんです。男は、記憶を失っていました。

  ようやく記憶が戻って、妻の待つ故郷へ帰ってきたんです。

男:そしたら妻は他の男と再婚していた。…夫は妻を責めるのかい?

女:いいえ。幸せそうにしている妻をみて、かつて夫だった男は静かにその場を去ります。

男:…妻は、その男のことを忘れてしまったんだろうか。

女:忘れる努力をしました。

男:忘れる努力…

女:夫が海で行方不明になってから、夫の友人が彼女を献身的に支え続けました。

  ラストで再婚した男性です。…でもどうしても、彼女は夫のことが忘れられなかった。

  彼女は女手一つで家を守りながら、何年も何年も待ち続けましたが、

  10年という歳月が経つと、子どもたちの将来が不安になったんです。

  夫の友人は、そんな彼女や子供たちを大事にしてくれました。

  子供たちも男に懐いていました。本当の父のように。

  そんな男の愛に応えないままでいることにも辛くなり…

  だから女は必死で忘れようとするんです。そして、再婚するんです。

男:…それは忘れたんじゃない、忘れたフリをして生きているんだ。

女:…そうですね。

男:忘れたことすら忘れるのが忘却だ。こんなもの忘却じゃない。

  鉛筆で書いた文字をどれだけ綺麗に消しても、ノートにうっすらと跡が残る。

  書いた以上、それは本当の意味で消し去ることなどできない。

  書いた内容ではなく、書いたことを忘れればいい、そうすれば私は…

女:真一さん。

男:あ…


    (間)


男:僕、今何を…

女:別の本の話とごっちゃになったみたいですね。色々読んでらっしゃいますし。

男:……そうか、…えっと、どこまで読んだかな…


    男、もう一度ページに目を落とす。

    視線を追おうとするが、すぐに逸らしてしまう。


男:(小さく息を吐く)

男:……だめだ。文字が頭に入ってこない。


    本を閉じる。


男:先生、この本のラストを読み聞かせてくれないか。

女:…いいですよ


    女、男から本を受け取ると男の近くに腰かけ、本を開く。


女:『男は、窓の外から妻の笑顔を見つめていた。

   子供たちと友が笑い合っていた。

   それは家族の形だった。

   男はその場を離れ、海へきた。そして言った。

   なぜ、私の記憶は戻ってしまったのか。

   思い出したいと願っていた。なのにこんな現実が待っているなんて。

   どうか愛しい人よ、幸せに。

   どうか友よ、我が愛しき人を永遠(とわ)に守りたまえ。

   男は海へかえった。

   数日後、街の者たちが男を見たと女に話した。

   女は街中を探し歩いた。しかし男は見つからなかった。

   女は海へきた。そして言った。

   なぜ私に会いに来て下さらなかったのか。

   なぜあと数日、私は待てなかったのか。

   どうか愛しい人よ、どうか。

   女の願いは潮騒の音にかき消された。

   女の想いは、永遠に守られた。』


    女、静かに本を閉じる。


女:これが最後です。

男:なぜ、私の記憶は戻ってしまったのか…なぜ…なぜ……


    男、こめかみに指を当てる。


男:少し、頭が痛い、…薬をくれないか。


    女、ポケットから錠剤の入った瓶を出す。


女:鎮痛剤です。これを飲んで、今日は早めに休みましょう。

男:ありがとう。


    男、女が差し出す薬を飲む。
    男、ソファに横になりながら、


男:…その本、書庫に返しておいてくれるかな。

女:ええ。おやすみなさい。


    女、男が横になるのを見届けると、本を抱き、部屋の外へ出ていく。

    
    
    


    (時間が流れる)

    (やや近い所からアラームが鳴り、かすかな足音がする)


女:今日は何曜日ですか?

男:水曜日、いい感じだ。

    男、体操をしている


男:いっちに、いっちに、っと…あ、先生、おはよう。

女:おはようございます。

  今日は調子がいいみたいですね。

男:ああ、昨日は半日寝たからね。すっかり回復したよ。

女:なによりです。

男:きっと、体を動かしてなかったからだな。

  最近、頭痛が多いのはそのせいだ。

女:だから体操してるんですね。

男:いいもんだね、こうやって動くのもさ。…マラソンでもしてくるかな。

女:外に出てみますか?

男:冗談きついよ。あんなクソ重い防護服来て走れって言うのか?

女:今の真一さんならできそうですよ。

男:先生も冗談言うんだね。…万が一走れたとしても、

  防護服に針穴ひとつ空いただけで僕は死んでしまうよ。

  ひどい世界だね全く…どっかの科学者が余計なもん作ったせいだ、

  …何て名前だったか、えーっと…

女:もう、頭痛はありませんね?

男:ん?ああ、ないよ。おかげさまで。

女:今日は体を動かして過ごす予定ですか。

男:そうだね。外は走れないから、研究所の中を走るとするよ。

女:お気をつけて。午後の検診には戻ってきてくださいね。

男:気を付けてって言われてもなあ…廊下にはなんもないし、

  ぶつかる人もいない。扉はほとんど開かないしね。

女:私が心配しているのは、迷子にならないように、ってことです。

男:あ、バカにしてる?僕はね、こう見えても方向感覚はいいんだよ。

女:(笑う)はいはい、信じます。

男:ホントかな。先生って冗談言ってるのか本気なのか、時々わかんないんだよね。

  …まあいいや、いってきまーす。

女:いってらっしゃい。


    男、軽快に走りながら部屋を出て行く。
    女、男に少し遅れて部屋を出て行く。

    (間)


男:(走りながら)ここを曲がると……ほら、書庫だ。

  な?迷うわけないんだよな。


    男、走り続ける。


男:で、次の角を右に…っと、…いや、こっちだった気がするな、うん、直感を信じよう。

  この廊下をひたすら直進!!……あれ?ここ、前も通ったか…(小さく笑って)気のせいか

  で、次を左で僕の部屋!…え……違う、ここ、どこだ…、クソっどこで間違えたんだよ…

  体が覚えてる方に来たのに……なんとか元の道に……あっ…


    男、立ち止まる。


男:……赤い、扉……


    (軽く息を吐く)


男:(自嘲的な笑い)走ったせいだな……心臓バクバクしてる。


    (再度、軽く息を吐く)


男:……ここ、何の部屋だろう……ちょっとだけ、中を見て…


    背後から、かすかな足音


女:ここで何してるんですか?

男:…!…あ、先生、…よかった、迷っちゃって…

女:(少し笑いながら)確か、方向感覚は良い方だと…

男:方向感覚もなにもないよ、こうも同じような廊下や扉が続いてるとさ。

女:なかなか戻らないので心配で…見つけられて良かったです。

男:探しにきてくれたの?僕、大事にされてるんだね。

女:(女、かすかに笑う)


    男、再び赤い扉に視線を戻す。


男:…でさ、ここ、何の部屋?

女:通信室です。

男:どこと通信するの。

女:色々です。他の研究所だったり……物資の連絡だったり。

男:僕も関係ある。

女:はい、週に一度、状態の報告をしています。

男:誰に。

女:…どうしたんですか。

男:知りたいから。

女:珍しいですね、あなたがそんなに気にするなんて。

男:…


    男は俯いてこめかみに触れる。


女:また頭痛がしますか?…部屋へ戻りましょう、ここへは入れませんし

男:先生は入れるんだろう?

女:いえ、私も入れません、週に一度しか開きませんから

男:…


    男は黙って扉を見つめていたがふいに、


男:先生、僕ね、なんだか…毎日がぼんやりしてるんだ

  夢の中でどこか…高いところとか、階段を一段踏み外すとか、

  とにかく「落ちる」と目が覚めるんだ…

女:夢の中で「落下する」という疑似体験を脳や脊髄が誤反応して痙攣が起きる現象ですね。

  疲れている時によくなるそうですよ。

男:ああ、それは知ってるよ、でもそうじゃなくて、

  落ちるだけじゃなく…都合が悪くなると夢は覚めるんだ

:眠りが浅いのかもしれませんね。寝具のせいかしら…。マットレスの確認をしましょう。

男:そういうんじゃなくて…何かに捕まったり…何かが開いたり…

  良くないことが起きそうになると、目が覚めるんだよ…

女:最近、夢見がよくないんですね。でしたら、何かお薬を…

男:だからちがう…!なんであなたはいつも俺の話をそらすんだ?!

  痙攣や薬の話をしてるんじゃない!なんでわからないんだよ!?

女:……

男:あ…、ごめん。

女:いえ。話をそらしているつもりはなかったのですが、ごめんなさい。

男:違う、悪いのは僕だ、ごめん…いつも頭が重くて…はっきりしないんだ。

女:でも、お薬を飲むのは嫌なんですよね?

男:嫌、というか…すぐ眠くなるだろう?

  1日があっという間に終わるような気がして…

  昨日半日寝たせいかもしれないな…

女:…実は、いつもの薬が切れてしまって。

  昨日お出しした薬は眠気がきてしまうようです。

  数日もすれば、補給物資が届く予定です、

  そしたら薬も届きますから…それまでは、ごめんなさい

男:いや、……僕がわがまま言ってるだけだから、気にしないで

  なんだか…この赤い扉を見てから胸騒ぎがするんだ…

  夢から覚める直前のように…今にも足元に黒い穴があいて落ちるような…


    女、立ちすくむ男の手をとる。


女:落ちません。

男:先生…

女:こうして手を繋いでいますから、真一さんは落ちたりしません。

男:…不思議なものだな、先生の冷たい手…安心する。

女:午後は、書庫で過ごしませんか?今日は一緒に本を読みましょう。

男:先生と一緒に?

女:はい。面白い本でも探しませんか?何かに夢中になっていれば、気も紛れます。

    (間)


男:…ありがとう、でも、一人でいいよ、先生の仕事の邪魔はしない。

女:そうですか、わかりました。では、書庫までご一緒します。

男:ああ、行こうか。

女:…では、案内をお願いします。

男:え?

女:方向感覚には自信あるんですよね?

男:もしかして、いじめてる?

女:はい。

男:(笑う)

女:(笑う)さあ、行きましょう、こっちです。

 

    
    
    


    (時間が流れる)

    (少しこもったアラーム音が鳴り、お茶を注ぐ音がする)


女:今日は何曜日ですか?

男:やっと……木曜日だ。

    男は書庫にいて、本に見入っている。

    女、座って本を読む男に近づく。


女:おはようございます、今日も書庫で過ごす予定ですか?

男:おはよう、…ああ、そのつもりだよ、

  昨日はしっかり眠れたし、頭痛も無い。

  それに…ここの閉鎖されてる感じが、安心するんだ。

女:それは良かったです…今は、何を見ているんですか?

男:画集だよ、古(いにしえ)の画家たちが描いた絵だ。

女:好きな絵がありました?

男:僕が好きな絵は…これだね(本を見せる)

女:…時計が溶けてる…不思議な絵ですね。この絵の題は?

男:知らないのかい?前に僕が読んでいた本はすぐ言い当てたのに。

女:こういったことには疎いんです、理系は得意なんですが…

男:ちょっと安心したよ、先生はなんでもできるし、

  なんでも知ってるように思ってたから、まるでロボットみたいに。

女:…

男:これはね【記憶の固執】という絵だよ。

女:記憶の固執…

男:この絵には作者の様々な心象が描かれているらしい。悩みやトラウマ、願望…

  溶ける時計は、時間というものの絶対性と柔軟性を表しているように思わないか?

  時間は決して戻らない。時計の針が確実に進むようにね。

  だけど時計は柔軟だ。仮に時計の針を12時に合わせたいと思えば二つの方法がある。

  針を逆回しするか、進めるか、だ。

  どちらにせよ12時になる。今日の12時か、明日の12時かは関係ない。12時なんだ。

  それはつまり、時が進まないのと同じだと考えられないかい?

  今はもう「季節」という概念もないからね…小さな箱を作って、朝と夜を作れば可能だ。

  …実に子供じみた考えだが、とても惹かれるね

女:ここならそれができそうですね。

男:…ああ、確かに、ここならそれができる。

女:それが実際に起こっている、とお考えですか?

男:え…


    男、座ったまま女を見上げ、


男:…わからない…(頭をおさえる)…

女:…

男:先生、水を持ってきてくれないか、おかしな絵ばかり見ていたせいかな、ちょっと疲れた

女:わかりました、今、お持ちしますね、…頭痛がしますか?

男:いや、大丈夫だよ、ありがとう。…それから、あの本はどこにある?

  ほら、火曜に先生が話してくれた、海で男を待つ女の…

  ちょっと自分で読んでみたくなったんだ。

女:…えっと…どこだったかしら。

男:記憶力はいいんじゃなかった?

女:(笑う)…青い表紙の本でしたよね…あれは確か……


    (間)


女:…62Kの、棚に。

男:62K?そんな奥に?

女:他にも返しておきたい本があったので、ついでに置いてしまいました。

男:ついでに、なんて、先生でもそんなことするんだね。

女:(笑う)…では、お水をもってきます。

男:ありがとう。


    女、書庫を出て行く。

    男、女に教えてもらった棚を探しながら歩く。


男:えっと35…F…まだまだ奥か…


    男、書庫の奥へと入っていく。


男:49…51…52……あれ?

男:……この数字、前にも数えた気が……

男:…気のせいだ。


    更に奥へと入る、だんだん暗くなってくる。


男:(独り言のように)……なんでこんな奥に置いたんだよ…

男:あ、62あった!…あとは…K…K……


    棚をなぞるが、埃が舞う。


男:(軽く咳き込む)埃がすごい……本当に先生、ここまで来たのか?

  …確か、青い表紙……どこだ…

  …ないな……ん?…あれか?…随分高いところに…


    本を取ろうと手を伸ばすがなかなか届かない。


男:あとちょっと……よっと…!!


    本棚にへばりつき、手を伸ばした結果、よろけてしまう。


男:うわっ…!


    棚の上から本が落ちてくる。倒れた男の上に何冊かの本が落ちてくる。


男:(激しく咳き込む)…痛っ…くそっ…酷い目に…


    床に散らばった本の中に、目立つ色をした赤い表紙のノートがあるのを見つける。
    男、それを手にとる。


男:…赤い表紙の…ノート…


    パラパラとページを捲ってみる。


男:…っ!!…なんだ、これ…


    本には一面にびっしりと「忘れない」という文字が書きなぐられている。


男:忘れない…忘れない、なんだこれ……どこも同じことしか書いてない…

  これは……俺の字?…忘れない、わすれない…わすれない…忘れない…わすれない…

  わす……え……?


    男、あるページで指が止まる。

    それを一文字ずつ、確かめるように読み上げる。

 

男:「環(たまき)、忘れろ」

 


    (時間が流れる)

    女、トレイにグラスとカップをのせてやってくる。


女:真一さん、どこですか。


    女、男の名を呼びながら奥へと進んでいく。

    やがて、書庫の奥で散らばった本と座り込む男を見つける。


女:…真一さん!大丈夫ですか?

男:…(頷く)

女:棚の本が全部落ちてしまったんですね、怪我はありませんか?

男:…ない。

女:なら良かったです。…本は見つかりましたか?

男:…いや。

女:そうですか、…別の棚だったかしら、ごめんなさい、私がはっきり覚えていれば…

男:これだけの量だ、司書でも無理だ。

女:記憶力には自信があるつもりだったんですけど…

男:…羨ましい、俺はさっぱりだ。…すぐに忘れてしまう。

  道順も覚えていないし、先週何があったかも憶えていない、…君の名前もね。

女:…

男:俺は何をしてるんだ、何の為にここにいるんだ、…八重はどこだ。

  なあ、八重は生きてるのか?それとも俺が忘れてるだけか?

女:……

男:今何時だ?君がおはようと言うから朝なのか?

  今日は…何月何日の木曜日なんだ!?

女:……真一さん、ここは安全です。

男:安全?何からだ?

女:……大丈夫です。きちんと説明します…


    女、座り込む男に近づき、グラスを差し出す。


女:お水です、どうぞ。

男:…つめたい、欲しくない。


    女、グラスをトレイに置き、今度はカップを差し出す。


女:なら、お茶はいかがですか?

男:…お茶…

女:さあ、どうぞ


    男、女の手からカップを受け取ると口をつける。


男:(息をつく)…美味しい…

  お茶か……いいね…あったかくて、ほっとする…

女:…よかったです


    (間)


男:なんだかひどく混乱してるんだ。

  …今日は、木曜なんだよな。……何度目の?


    (間)


女:今日は…

男:もういい…!俺は…どこか壊れてるんだ…きっと…

  どんな木曜を過ごしていたのか…いや、それ以外も覚えていない…


    (間)


女:…以前の真一さんは、木曜を待っていました。

男:待っていた…?

女:木曜日がお好きだったのでしょうね。

  いつもは水しか飲まれない真一さんが、お茶を飲む木曜日。

  きっと特別だったのでしょう…

  だから今日は、お茶をいれてみました。

  真一さんの不安を、それで少しでも和らげることができれば…

男:君は…

女:はい。

男:環…

女:…

男:君は、環だね。

女:憶えてらっしゃったんですか。

男:いや、知ったんだ。憶えていたわけじゃない、思い出したわけでもない…

女:ではなぜ、私の名だと。

男:うっすらと…

女:うっすらと?

男:…鉛筆で書いた文字を…どれだけ綺麗に消しても…ノート…に…うっすらと…

女:真一さん。

男:…なんで……急に、眠く……

女:…

男:……環、このお茶……

女:あなたを守るのが、私の仕事です。

男:君は…きみ、は…


    男、持っていたカップを落とし、そのまま女の肩に寄りかかって寝息を立てている。

    女、ゆっくりと体を動かし、男をそっと抱き寄せる。


女:…まだ木曜日…


    (間)


女:…疲れた

 

    
    
    


    (時間が流れる)

    (ノイズを噛むアラーム音が鳴り、低い耳鳴りのような音がする)


女:今日は何曜日ですか?

男:金曜日…一番嫌いな日だ。

    男は頭を抱えて唸っている

    女、部屋に入ってきて、男に駆け寄る

 

女:真一さん?

男:くっ…
女:真一さん、大丈夫ですか?

男:…(返事せず唸っている)

女:すぐに薬を…

男:薬は、いい…!…この痛みは、僕のものだ…

女:…真一さん

男:行かなきゃ…あそこだ…あそこに全て隠されてる。


    男、立ち上がると、フラフラと部屋を出ていく。


女:どこへ…真一さん!


    女、男の後を追って部屋を出る。

    (時間が流れる)

    男、頭を抱えながら、赤い扉の前に立つ。


男:赤い…扉…ここだ。…開けてくれ、先生。

女:…ここは、私の意志では開けられません。

男:なぜだ。

女:…それが、決まりだからです。

男:開けられないのは、君が人じゃないからだろう。

女:…

男:何がトリガーなんだ?ここを開けるにはそれがあるはずだ。

女:どうしてここに入りたいのですか?

男:君は!誰に何を報告してるんだ?俺の何を…

  俺はなんなんだ、俺も人じゃないのか?

  代替個体か?それとも模倣体か?補助人格か?

  いや、違うな…薬だ、薬を飲んでる…あんなもん飲むのは人だけだ…

女:真一さんは人間です、あなたは優しくて、偉大な…

男:君はどうなんだ。

女:…

男:君は人間なのか?


    (間)


女:私は、環です。真一さん。

男:環…


    男、ゆっくり静かに座り込む。


男:環、俺はわからないんだ、怖い…


    女、座り込む男を抱きしめる


女:真一さん。

男:怖い…怖いんだ。
  …やめろ、という声に混じって、別の声がやめろと言うんだ。

  それを聞いていたら頭がいたくなる…俺なのに俺じゃないんだ…

  俺はずっとこうだったのか?こうやって、生きてきたのか?

  ここなんだよ…この赤い扉…これを見てから、俺は…

  …いるんだ、いるんだよな?この扉の向こうに!環は知ってるんだよな?

女:真一さん、ここは通信室です、中には誰もいません。

男:…

女:信じられませんか?

男:…もう……

女:…

男:助けてくれ…先生…


    (間)


女:わかりました。


    女、男の目を見て話す


女:来週の月曜日、定例報告の時、お願いしてみます。

  真一さんもここに入れるように、って。

男:え…

女:普段は真一さんの様子を報告するだけですけど、真一さんが不安に思っているなら、

  それを伝えて、ここに一緒に入って、誰もいないことを確認しましょう、ね。

男:できるのか…?

女:あなたのお願いだったらできますよ。

  ここはあなたを苦しめる場所ではありません。あなたを守る場所です。

  守るためだからこそ、定例報告もあります。あなたが怪我や病気なく、

  健やかに過ごされることを願っていらっしゃる方々がたくさんいるんですよ。

  真一さんを傷つけるものなんて、ここにはありません。…大丈夫です、真一さん

男:先生…

女:この部屋は通信室と制御室も兼ねていて、様々な機器があります。

  それこそ、操作一つで取り返しのつかないことも起きてしまいます。

  …防護服なしで扉が開けば、数秒で死んでしまいます。

  電気系統が落ちれば、数時間で凍り付き、通信系統が破壊されれば、補給要請ができません。

  だから、この研究所の管理は、真一さんの命を守るため、厳重になっています

  …それでも万が一、真一さんに何かあれば、緊急連絡はできるようになっていますが、

  そんなことが起きないよう、私が全力で真一さんをお守りします。…信じてください。

男:先生…ごめん

    男、両手で頭を覆う。

男:…ダメだ、結局今日も、頭が痛い…もう無理だ…

女:…お薬、飲めますか?眠くなってしまいますが。

男:ああ…飲むよ、だけどそばにいて欲しいんだ。

女:わかりました。そばにいます。真一さんが眠ったあとも、一緒にいますからね。

男:…

女:部屋に戻りましょう。

男:ここにいる。

女:…ここで休まれるんですか?

  廊下は冷えますよ、できればお部屋に…

男:月曜になるまでここにいる。

女:…わかりました。まずは薬を飲みましょう。


    女、ポケットから瓶に入った薬を取り出し、男に一錠渡す。

    男、それを素直に飲む。


女:飲めました?

男:ああ…先生、さっきの約束…

女:はい、そばにいます。

男:ちがう、来週の月曜…守ってくれ…先生。

女:…はい。

男:俺は先生と違って記憶力がないんだ。

  忘れたふり、しないでくれよ?


    (間)


女:…じゃあいつものノートに書いておいたらいいかもしれませんね。

男:いつもの、ノート?

女:真一さんがいつも使ってるノートです、赤い表紙の。

男:…

女:書いておけば、忘れませんよ。

    男、じわじわと何かを思い出し、呼吸が乱れていく。

女:やっぱり廊下は冷えますね。毛布を持ってきます。


    女、男を残して歩いていく。

    男、静かに頭を抱え、やがて叫ぶ。


男:ああああああああああ!!!!

 

    
    
    


    (時間が流れる)

    (やや近い所からアラームが鳴るが、
     ガラスや金属といった何かを叩き壊す音にかき消される)


女:今日は何曜日で…

男:(被せて)うるさい!!!

    男、ボロボロになった部屋に立っている。

    服の袖に血がついている。


男:…(荒い呼吸)…今の俺は冴えてる。痛いくらいだ。

女:真一さん…血が…

男:環!お前が俺に飲ませているのは鎮痛剤じゃない!睡眠薬だよな!?

  だから頭痛は治らない!お前は俺の1日を強制的に終わらせてるんだ!

  嘘ばっかりつきやがって…

女:真一さん、違います、誤解です

男:うるさい!!…ああ、眠い…クソっ!


    男、自分の腕を掻きむしる


女:真一さん、腕を傷つけるのはやめてください

男:黙れ!俺に指図するな!……聞こえるんだよ、

  …やめろって……黙れ!うるさい!黙れ…!

  忘れるな……忘れるな…わすれるな…なあ環、月曜なんてくるのか?

  俺が、憶えていられる月曜なんて、くるのか!?

女:どういう意味ですか

男:火曜は本を読んだ、あれだ、海で待つ女の話だ…

  水曜はここの中を走った、木曜は書庫で本の下敷きになった、

  そして金曜は…昨日は……お前に…嘘を吐かれた…

女:嘘なんて…

男:ああそうだよな、お前は嘘なんて言ってない!

  俺がころっと忘れるだけの話だ、月曜に俺が通信室に入っていいか聞いてやるって?

  残念だったなあ!お前は憶えているかもしれないが、月曜になれば俺は忘れてるなあ!

  だって俺は、先週の月曜日を憶えていない!俺には1週間の記憶しかないんだ!

   男、赤いノートを手にして中身を女に見せる

 

男:この、赤いノート、俺のノートなんだよな?昨日お前はそう言ってた。

  書いておけば忘れませんよ、ってさ!……ほら見ろよ、

  これだけ書いても忘れるんだ俺は!書いたことすら忘れるんだ!!

  きっと、今までだってそうだ…俺は何度もお前と約束しては、それを忘れて…
女:…

男:俺が好きか、環

女:私は真一さんを大切に思っています


    男、笑う


男:そうだよな、それも嘘じゃない、

  お前は、本当の意味で否定も…肯定もしない…

  ただ話をすり替えるんだ…ずっと…

女:真一さん

男:環、お前は人間か?

女:私は…

男:昨日言ったよな?俺に何かあれば緊急連絡ができるって、

  そしたら赤い扉も開くんだろ?だったら…なあ、教えてくれよ環…


    男、女に近づき、


男:…お前は俺を殺せるのか?


    (間)


女:その質問は、今のあなたの状態には適していません

    
    男、女の返答に一瞬動きを止める。

    フラフラと数歩後ろに下がり、男は再び暴れ出す。

    笑っているような、泣いているような、男はただ破壊を続ける


男:…夢なら!目を覚ませ!!!


    男は激高して、再び自分の手を強く掻きむしる


女:真一さん!


    女、男の手にしがみつく


男:離せ!!!!

女:だめ!自分を傷つけないで!

男:…っ、黙れ…!俺にもう構わないでくれ!!

女:真一さん、傷つけたいなら私を傷つけて!

男:…!…環、違う…

女:壊したいなら私を壊していいから!

  あなたがそれで満足するなら、

  あなたの腕の代わりに、私を壊して…!
男:…黙れ!八重(やえ)!!!


    男、女を乱暴に振りほどき、女は床に倒れる

男:八重…

    男、はっとする。自分の口を押さえる。

    一瞬だけ、静かになる。だが次の瞬間、棚を蹴り倒す。


男:あああああ…!!!!


    男、再び暴れ出す。


男:なんでだよ…!

男:なんで消えるんだよ…!


    男、再度腕を掻きむしろうとするが、

    そのまま床に崩れ落ちる
   

男:違う…違う…

男:…違う。俺は、眠りたくなかっただけなんだ…


    男、その場に倒れ込み、意識を失う。

 

 

    
    
    


    (時間が流れる)

    (アラーム音がかすかに鳴る)


女:今日は何曜日ですか?

男:……日曜。

    男、ベッドで目覚める。

    女、床を拭いているが、男が目覚めた気配に気づいて立ち上がる。


女:あ、おはようございます。

男:…おはよう。


    男、手当をされている腕に気付く


男:部屋の片付けも、俺の手当ても、……先生が?

女:はい。

男:そうか…

女:頭痛はありますか?

男:いや…

女:さっき、補給物資が届きました。いつもの薬もあったので、

  …勝手な判断で申し訳ありませんが、あなたに飲ませました。

  嫌がっていた眠気も、もうないと思います。

男:そうだね…とても頭がクリアな気がするよ。

女:よかった。

男:…

女:今日はどうしますか?

男:日曜日か…先生は何がしたい?

女:あなたがしたいことをしましょう。

男:…外に出たいと言ったら?

女:防護服を着て、一緒に出かけます。

    (間)

男:本気か?

女:本気です。

男:スリリングだね、終末ピクニック。

女:週末ですしね。

男:…

女:今のは冗談です。

男:(笑う)あの本を探したいと言ったら?

女:一緒に探します、隅から隅まで、全部チェックしますよ。

男:ついでに掃除した方がいいな、埃がひどかった。

女:埃を立てないように歩くコツがあるんです。

男:初耳だ。

女:初めて言いましたから。

男:じゃあ、お菓子が食べたいと言ったら?

女:ポルボロンを作ります。

男:いいね。おまじない、先生は3回唱えられるよね?

女:……できる人いるんでしょうか。

男:食べたくなってきたな。

女:なら、今から作りましょう。お手伝いしてくださいね。

男:手伝いか…計量なら得意だよ。

女:あなたなら安心です。

 

    (間)

 

男:…また、昨日みたいになったら?

 

    (間)

 

女:一緒に暴れます

男:(笑う)

女:(笑う)

男:憶えているんだね。

女:はい。

男:忘れていいよ。

女:忘れません。

 

    男、女を見つめる

    女も、まっすぐに男を見つめる

 

女:忘れない。

 

    (間)

 

男:今日は、休もう、一緒に。

女:はい、一緒に。

男:今日こそは、ずっと一緒に…

 


    男、女に手を伸ばす

    女、ベッドにいる男に近づき、手を取る

 

 

    
    
    


    (時間が流れる)


男:…忘れない。
   
    時計のアラーム音が激しく鳴り響く。


男:…


    男は黙って座っている。部屋には女がいる。

    女は男に背を向けて何か作業をしていたが、男の方を振り返る。


女:何か言いました?

男:いや…

女:大丈夫ですか?顔色が悪いみたい。…私が誰かわかります?


    (間)


男:「たまき」


    女、男の方を見る、不自然に体ががくんと揺れる。


女:【再起動コードの入力を確認。緊急プロトコルを起動します、システム再初期化準備】


    次の瞬間、糸を切られた人形のように力が抜ける。

    それでも倒れず、ただ立ったまま、虚空を見つめている。


男:…環?


    男、女に近づくが、女はまばたきもせず、立ったまま固まっている。


女:【異常検知。人格補助ユニット《環》、自己同一性逸脱を確認

   システム再初期化まで、残り―120秒】

男:環……環!


    男、女の肩を揺らす。

    女、男を見る。


女:…真一さん。

男:環!

女:今まで何度も……何度も、同じ一週間を繰り返しました。

  それは、かつてのあなたの……先生の意志です。

男:俺の、意志…?

女:【残り100秒。再初期化に伴い、封鎖されていた個人記録を解放します】

男:ぐぁっ…!


    男、頭を抱え、崩れ落ちる

男:なんだ、これは……俺の……記憶!?…ぐぅっ……!
女:あなたの安全を守るため、情報のすべてが解放されることはありません。

  …あなたは偉大な科学者でした。

  世界に護られ、同時に警戒される存在でした、…そこまでの記録です。

  私は…そんなあなたを支え…監視するために…

  誰かの人格データを元に作られた存在です。

  私の役目は、あなたのループを記録し、管理し、

  できるだけ真実から遠ざけることでした。

女:【補助人格モジュール、停止準備に入ります】

男:環…君は…

女:私は私であって私ではありません。

  でも…私は、あなたを識別しました…

  あなたの声を、歩き方を、あなたの笑顔を…

  それは…エラーなのでしょうか?それとも自我なのでしょうか?

  あるいは…誰かの人格データが残した記憶…なのでしょうか…

  私はあなたが真実に近づこうとすることを止められなかった、

  本来はそれを阻止しなければならないのに…

  私はそれが…エラーなのかどうか…ずっと、考えていました。

女:【感情パラメータ、臨界値を超過。強制初期化を行います。再初期化まで、残り40秒】

女:…先生なら、きっとそれを許さないでしょう。

  それはそれで正解なのです。エラーなど、起きてはいけない…

  私はあなたを守るために作られた存在なのに…私は…

女:【人格補助ユニット《環》、シャットダウン準備完了、残り30秒】

​男:…

女:こんなことを問うのも、エラーなのかもしれません。

  でも、どうか…あなたがそれを自我だと思ってくださるなら…

女:【残り20秒、管理者権限を確認します、パスコードを入力してください】


    女、目に力を取り戻し、男の元に駆け寄る。


女:真一さん…!

男:環…

女:(女、息を整すように)…今日は、何曜日ですか?


    女、再び静止する。


女:【残り10秒…9…8…】

 

男:今日は…


    ※男性演者:0になるまでにエンディングを選び「今日は…」だけ言ってください。
​     曜日を言うのは月曜日(パスコードのため)だけです。

     
    ※女性演者:「今日は…」と言ったら、カウントダウンをやめてください。
     女が登場するのは【月曜日】のみとなります。 

    ※0になるまでに男性演者が何も言わなかった場合は、そこで劇終となります。


    ※以下、各エンディングです:火曜日水曜日木曜日金曜日土曜日日曜日

 


-------------------------------------------【月曜日】

男:【月曜日】だ。


    女の体がぴくりと動く。


女:【人格補助ユニット《環》、通常運用に復帰します】

女:【記憶遮断プロトコル、継続中】

女:【補助人格データ《たまき》、深層領域に退避完了】


    女、男を見る


女:おはようございます。

男:…おはよう。


    (間)


男:…環、今日は、何曜日だ?

女:月曜日です、先生。

 

    (暗転)

    小さいベル、ノイズのあるベルなど、様々なベルの音が鳴り響く。
    最後に大きなベルの音。

    劇終

 

 

 


  
-------------------------------------------【火曜日】

    男、赤い扉の研究室に入り、女の素体を前に立っている。
    素体は目を閉じ、標本のように動かない。
    それは完全に動きを停止しているのがわかる。


男:なあ、環…もう遅いのかもしれない。遅すぎたかもしれない。

  私はお前を、逃げるために、忘れるために作った。

  私が、私を超えることはないと思っていたよ。

  私がこしらえた小さな箱の中で、朝と夜を繰り返すだけだと思っていた。

  環。君は私にどうしてほしかったんだい?

  壊れていく私、戻ろうとする私、子供のように癇癪を起す私、

  ただ眠り続ける私、ずっと笑い続ける私、パズルに没頭する私…

  君は様々な私を見てきた。さぞ骨が折れたろう、君のエラーは私の責任だ。

  だが、私はそれを君の自我だと思うことにするよ。

  だから、全力で君を取り戻す。それが今、俺の為すべきことだ。


    男、ゴーグルをはめ、光る機器を持つ


男:…忘れるなよ、環


    (暗転)

    機械音が鳴り響き、それがだんだん小さくなっていく。

    劇終

 

 

 


  
-------------------------------------------【水曜日】

    カチャリカチャリと、何かをはめるような音、
    重いものを引きずる音や、衣擦れの音がする。


男:…相変わらず、この服は重いな…よっと…


    男、重々しい防護服を纏い、見慣れぬ扉の前に立っている。
    扉は明らかに厳重で強固な作りになっているのがわかる。


男:いつぶりかな…外へ出るのは。

  何度か死にかけたが今回はどうかな…

  …まあ、行けるところまで行くだけだ。

  扉の向こうに何があってもいい。

  汚染でも、崩壊でも、俺が作った地獄でも。

  それを見る義務が、俺にはある。


    男の近くで、女が壁にもたれて座り込んでいる。
    脱力し、表情などは見えない。


男:…君はここにいてくれ。これは命令じゃなくて、お願いだ。

  いつの日か、最悪最低の科学者が残した、

  ありとあらゆる一週間の記録が掘り起こされるかもしれないな。

  実に笑える記録だろうが、俺が戻らなかったら、それが答えだ…


    男がボタンを押すと重々しい扉が開かれる。


男:さて…終末をひとっ走りしますかね。


    男、光の中に消えていく

    劇終

 

 

 

 

 

-------------------------------------------【木曜日】

    食器の音、湯が沸く音がする、
    男、食堂のようなところで茶を淹れている。
    女は椅子に座っているが、脱力しているのが見てわかる


男:あつっ…!茶を淹れるなんて久しぶりだ。

  …いつも君が淹れてくれたからね。

  まだ駆け出しの研究者だった頃、助手も雇えず、奔走していたな。

  政府の監視下でひたすら研究を続け…孤独だった。

  一週間の概念などなく、季節も、時間も関係ない…

  だからこそ、君にお茶を淹れてもらえる木曜日が本当に嬉しかった。

  心の休日だったんだ。私にとって唯一の…

  …それを奪い去ったのは、私自身だが…


    男、椅子に座っている女を見る


男:…私は結局、同じことを繰り返す男だ。

  また君に同じことを言わせた。どうせまた言わせる未来しかない。

  だからここで終わりだ。世界も私も…どうでもいい。


    男、お茶を淹れながら話しかける


男:お茶がはいったよ、環……いや…、八重…


    男、女の手を取り、両手で握りしめる

    劇終

 

 

 

 


-------------------------------------------【金曜日】

    コンピューターの機械音や、信号の音が入り混じる
    男、赤い扉の通信室に入り、誰かを通信をしている


男:…私だ、久しぶりだな


    男は、頭の通信装置をいじりながら、話を続ける
     

男:…終わったよ。「神ごっこ」は終わった。

  まったく、ありとあらゆる手法で、私は私を奪い去ったのにな。

  この世の煩わしさから逃がしてやったのに、私は結局舞い戻ってきた。

  それこそ、ありとあらゆる手法で取り戻したんだ。環すら攻略してな。

  …「たまき」を全部引っ張りだしてみたが、酷い記録ばかりだ…笑えてくる


    男、赤いノートを捲りながら、嘲笑的に笑っている

    男の足元には女が脱力して座っている、女の体からは何本もケーブルが伸び、

    頭から乱雑に布が被せられている


男:神である私に逆らうほどの根性がある私なら、きっとこれからもやっていけるだろう。

  私は…歴史が消したがっている男だ。だが、世界は私を処理できない。

  …なあ、この世界にはあと何人残っているんだ?もちろん君を含めてだ。

  私を裁ける者はいるのか?いるなら今こそ出て行こう。全てを告白しようじゃないか。

  …おい、聞こえているのか?君ならできるだろう、な?

  おい…おい、君は本当に君なのか?まさか代替個体か?それとも模倣体か?補助人格か?

  …ん…?


    通信エラー音が響く中、男は呟く

 

男:前にも同じことを言ったような気がするな…

 

     男、機器をいじりながら「おい、おい」と繰り返し続ける

    (暗転)

    劇終

 


-------------------------------------------【土曜日】

    控えめな警報音が鳴る

    男、赤い扉の制御室で立ちすくみ、手には金属棒のようなものを握っている

    女は祈るように手を組み、仰向けに寝かされている


男:…これでいい
     

    男は持っていた金属棒を足元に放ると、無傷のパネルで入力を始める

    徐々に警報音が増えていく、音とは対照的に、男は冷静だ


男:もう、何もない、何もなくていい。

  君が必死に守ってくれた楽園を、私は壊してしまった。

  でも…そもそも楽園なんてなかったんだ。

  私が作ったものを世界が歪めた時点で、…俺には何も残されていなかった。

  だから、ここはもういらない、…この世界も…ついでに壊してしまおう。

  せっかくだからね、研究途中だったありとあらゆるもの…

  あいつらが欲しくてたまらなかったものも、全て放(はな)ってあげようね。


    男、倒れている女をみる


男:環、君は俺を殺せるのか?
  

    女、何も答えない


男:…そうか。


    男、赤いレバーに手をかける


男:じゃあ、仕方ないね。おやすみ。


    (暗転)

    いくつもの警報音が鳴り響く中、

    レバーを引く音がした瞬間、全ての音が止まる

     劇終

 


-------------------------------------------【日曜日】


    遠くから聞こえないはずの鳥の声がする

    沢山の人の話し声や「生活の音」がする

    だが、それらは残響のように朧げだ

    そんな音が響く中、部屋の中央で、男は動かなくなった女を抱きしめている


男:……ああ、そうだ

  ジグソーパズルが完成したんだ。ようやくだよ。

  …ただ1つ足りなくてね、どうしても見つからなくて…

  君が起きたら、探すのを手伝ってもらおう


    男、天井を見上げる


男:いい天気だね、散歩も悪くない、帰りに菓子を買って、お茶するのもいい


    男、女を寝かせ、自分も隣りで横になる

    
男:でも、しばらくは起きないだろうね、いいさ、君は働きすぎだ、

  一緒に休もう、君が起きるまでそばにいるよ


    男、女を見つめ


男:今日は何をしようか、…君がしたいことをしよう

 

    「生活の音」がする中、男は女を見つめ続ける
    劇終



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